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第九話「死にたがりのフミキ」







第九話「死にたがりのフミキ」(前編)








水無田一族の当時における一番の才能と言われていた
ミナシタ・ゼツと、
水無田を飼っている製薬会社「ツクヨミ」の本社近辺にある
娼婦館「スピットファイア」に勤務する人間の女、クサナギ・ユウの間に産まれた娘が
水無田無名身(ミナシタ・ナナミ)である。


「男の子なら、きちんと育てて戦士にしようと思っている」、とゼツは周囲に言っていたが、
病院の医師のミスで、カプセル培養されている途中で性別が女であることが分かった。


ナナミは人間ではなく赤羊であった。なので、戦わなければ生き残れない運命だ。
水無田家にはそれまで「戦士としての女」を育てる事を嫌っていた気風があり、
とりあえず水無田に嫁いでおこうかという事になったユウもゼツも
女の赤ん坊の扱いに困っていた。


ユウは「しょうがないんなら安楽死させるのもアリじゃないか」と言ったが
ゼツは何故かその提案を承諾もしないし拒否もしないという煮え切らない対応をとっていた。

脇で聴いていたフミキは
「別に慣習に従う必要は無いだろう。可愛そうだ」と思ったし、
「自分と同じように、水無田の一族において立ち場が危うい子供が増える事で
 相対的に自分の立場が良くなりやしないか」と安い皮算用をしたりもした。


そして慣性に任せてゼツとユウに申し出た。


「その子供の面倒は俺が見るので、殺さないでやってください」


・・・と。


ユウとゼツはこの申し出を二つ返事で承諾した。
ユウはこの件についてあまり深く考えなかったし、
ゼツは何考えてるか分からなかった。









フミキの住む家の主であった水無田睦月という男性は
ナナミが産まれる一年前に死んでしまっていた。
睦月の配偶者である人間の女の水無田弥生は
その時はフミキが方々で稼いでくる資金を頼りに生活していた。


なので、フミキは既にその時には家で大きな顔をできる感じであった。


「ナナミを家に置いてほしい」


とヤヨイに言った時も、彼女は悪い顔をしなかった。
ムツキが死んで、昼間はフミキは出払っていて、
かなり寂しい思いをしていたから
最低限の面倒は見てやろう、と思ったらしかった。



そんなわけで、ある程度、カプセルの中で育てられたナナミを
病院に迎えに行ったのもフミキだったし、
それから育てたのもフミキとヤヨイだった。


最初の時点では、フミキもナナミにはそれほど多くを期待していない。
ただの「趣味」くらいの気持ちで関わっていたのだ。












赤ん坊のナナミを育てながら1年くらい経つと、
ナナミの中にも不思議なパーソナリティーが育ち始める。

彼女は生後間もない頃に、フミキに「お前の父親はゼツという男。母親はユウという人間だ」
という事を教えられ、
それから、少し離れた所にある家に住んでいるゼツの事を酷く気にするようになる。


そして彼女は、フミキについて、水無田の合同修行場にも現れ、
一族の者達の刀の動きを黙々と眼で追い続けるようになった。
その執着は傍から見て異常とも言えるようなモノで、
次第に彼女を気味悪がる者も出てくるようになった。

飯も飲み物も口にせず刀の動きばかりガン見していて、
騒ぎもしないし、瞬きもあまりしない様子に異常性を見出したからである。



それに対してゼツは


「こんな出涸らしに、剣に対する執着で負ける奴は水無田に要らねー」
「そう肝に銘じる為にコイツ(ナナミ)は勝手に此処に来させろ」


と諭して回った。



言葉を解している為、ナナミは自分を擁護(?)してくれた
ゼツに対して奇妙な笑顔(笑い方がよく分かっていない)を向けたが、
ゼツはそんなナナミの顔面を蹴飛ばしてふっ飛ばした。


「懐くな。お前に良くしてやる気は一切無い」


そんな台詞を残して、ゼツは背を向けて剣の練習に戻る。
しばらく顔を上げる元気も出なかったナナミだが、
フミキ(別にゼツに対して文句も言わない)の観察した所によると、
地面に突っ伏したままで、まだ変わらずキモく笑い続けていたようだった。
硬い革靴でふっ飛ばされて鼻血を出していたが、
むしろ喜んでいるようだった。




(どう見ても血を受け継いでる)
(面白い娘だ)
(不器用な所もゼツさんによく似ている)
(・・・お互い、ソレには気付いてるだろうな・・・)




ナナミのゼツと剣に対する気持ち悪いほどの執着を見るようになって初めて、
フミキはナナミに対してそう思うようになった。











やがてフミキは


「ナナミはゼツの剣の修行の様子を見たがっている」
「他の一族の者の一部はソレを気持ち悪がっている」
「ゼツはナナミが修行を見ているのを嫌がってはいないが、
 何故かは知らないがナナミが近づきすぎると暴力を振るう傾向にある」


という現在の状況と問題点を分析し、



「『自分が参考にする為だ』と偽って、ゼツの修業風景をビデオカメラなどで撮影させてもらい、
 ナナミには修行場には来ないでもらい、家のテレビでゼツの映像を見てもらおう」



という作戦を考えた。
角が立たないという点で悪くない作戦だと自己評価できたが、
イマイチ釈然としないモノも感じていた。


第一にゼツの気持ちである。
果たしてゼツはナナミの事をどう思っているのだろうか?と、判断しかねる気持ちを持っていたのだ。


ゼツの言葉を全て鵜呑みにするなら、彼はナナミに対して全然良い感情を持っていなさそうなので、
あまりナナミと関わらないように仕向けてあげた方が良さそうなモノだが、
「本当にそうか?」という疑問があった。


もし、「ただのツンデレだ」「実際にデレた事ないけど」という感じの真実があったとしたら、
ナナミとゼツを引き離す事はゼツにとってもナナミにとっても
マイナスであろうと思われた。
しかし、そうであるという兆候は、今の所、フミキの妄想の中に存在するだけである。

このまま行けば、一族の者達にも嫌われ、
ゼツにも蹴られ続けるという厳しい現実がナナミを待っているのだ。
それが現実的な問題というモノだ。



一応、ナナミの保護者であるフミキは「決断」を迫られる。
どうするべきか?





・・・。



・・・。






そして結局、フミキは自分の妄想ではなく、現実に起こっている事を
信じる事にしたのだ。



ゼツの修業風景を撮影して、家でナナミに見せる、という道を選んだ。
ゼツもナナミもこの案に賛成する事になる。

ただし、ゼツは「映像はフミキが参考にする為に観るのだ」と理解していたし、
ナナミは「もう修行場に行くな」と言われても残念そうな顔を見せず、コクンと頷いただけであって、
腹で何を考えていたのかは全く分からなかった。


そして、フミキは、ナナミの「剣に対する執着」を面白く捉えていたので、
ゼツのビデオを見せて家にひきこもらせておくに留まらず、
その執着を活かす為に動き始める。



自由な時間がとれた時に、ナナミの剣の修業をつけてやる事にしたのだ。
ただし角が立つ事を恐れて、ヤヨイ以外の一族の者にはその事を口外しなかった。







こうして、不憫で奇妙な、望まれず産まれた幼女と、拾われた少年の
変てこりんで奇天烈な、修行と触れ合いの日々が始まるのである。












第九話「死にたがりのフミキ」(中編)










ミナシタ・ゼツと籍を共にしたユウという女は
世間から隠ぺいされている水無田の居住区に居つく事も無く、
娼婦館に勤務し続け、田舎の気ままな暮らしを続けていた。


偶に、合同修行場に現れては、
修業風景を欠伸をしながら眺めたり、ゲームをしたり携帯をいじったりしていて
ナナミとは別ベクトルで何を考えているのか分からない女だった。
何も考えていない、という線も濃い感じだ。


刃物を扱う一族の者を見ても、
野次を飛ばしたり、気楽に話しかけたりするので、
だんだん彼女を嫌う一族の者も出てくるし、懇意になる一族の者も出てきた。


フミキは一族と顔の系統が違う美形という事で、
ごく初期の段階で彼女に目をつけられ、
会う度にお喋りに付き合わされていた。


フミキはヤヨイ以外の人間と長時間触れ合う事は初めてあり、
ユウを通して「人間」のメンタリティーについて、また違う感じに理解していく事になる。













ある時、一族の修行場から少し離れた森の中で、
フミキとナナミが話していると、ユウが絡んできた。



樹に寄りかかってフミキに怠惰な視線を投げかけるユウを、
ナナミは無感情な目で見つめていた。

ユウは次に、ナナミが持っていた文車の方に視線を向ける。
そして、幾分、気分を害したような色を瞳に滲ませる。




「フミ君もモノ好きだね」
「女の子と遊ばないで、いっつもこんな暇な遊びしてんだ」



しゃがれた声でユウが言った。
「こんな暇な遊び」とは「ナナミとの遊び」の事らしい。





「コイツ、才能あるみたいで、色々学ぶ事も多いんです。関わってるとね」
「それにコイツも女の子ですよ」


「不能のロリコンなのかぁ?」
「アタシの仕事場に来て、もっと普通になれば良いのに」




ユウは本当に怪訝そうな顔をしてそう言った。冗談ではないらしい。
そのまま樹の根元に体育座りで腰掛ける。
すぐに立ち去ってはくれないらしい。





「もうすぐ俺、死ぬつもりなんです」
「コイツと関われる時間ももう大して無いんです」





フミキはふと思いついて言ってみる事にした。
ユウは目を丸くする。





「どゆ事?」



「フェリーツェっていう俺らと同類の天才の人が居て」
「その人がある都市に対してテロ行為を起こそうとしてるんです」
「その都市の守備がかなり強靭なレベルだっていうんで」
「その天才の人のツテで世界中の強い赤羊がテロに参加するし」
「いつもの温い戦いではなくて、本当の死力を尽くした殺し合いになりそうなんです」
「守備隊とのね」
「あ、コレ、口外しないでくださいね」





相変わらず目を丸くしたままのユウはウンウンと頷く。





「良いよ。興味無いし」
「・・・でも。フミ君の気持ちと命には興味あるけど・・・」
「なんで、そんな悪い事に参加しようとしてるの?」
「あ、止めてるわけじゃないよ。理由聞くまでは。まだ・・・」




フミキはユウが案外マトモに興味を持った事を意外に感じたので、
自分の気持ちをできるだけ細かく伝える事にした。
・・・本当は直感で決めてしまったので
言葉にすればする程にボロボロと欺瞞が生じてしまう感じだったのだが・・・。





「いつからか・・・分からないけど・・・」
「俺の中には『死にたい』って気持ち・・・」
「『死にたがる気持ち』があって・・・」




それだけ喋った時点で「それは現実と違う。正確じゃない」と思う気持ちが過った。




「あの世で両親に会いたいのか何か知らないけど・・・」
「水無田の血を恨んでるわけじゃないけど・・・強い赤羊は尊敬できますから・・・」
「なんだろう・・・なんか『死ぬ事で得られる何かがある』っていう思い込みがあるのかな・・・」
「『安心』とか『達成感』とか・・・いや、違うな・・・」
「死んでも親に会えないし、安心も達成感も感じられないって事は知ってますけどね・・・」

「思い込みと主観に殺されようとしてるのかな、俺は・・・」
「こう自己満足が、究極の自己満足が欲しくて・・・」
「気持ち良くなりたい・・・」




しどろもどろになりながらフミキはようやくソレだけ喋りきった。
いつものフミキからは考えられないほどの非論理的な説明だった。
むしろ、深く考えないから、気持ちに歯止めがかからないのだろうか、と思えた。

ユウは「ふぅ〜ん」という顔でしばらく黙っていた。




「それこそ、アタシの仕事場で遊んでいったら、ソレだけで処理できそうな感情じゃないかと思えるけどな」




ユウは顔を手で支えながらゆっくり言った。
「中二病」という言葉が頭を過ったが、フミキの綺麗な顔に似合わない表現だと思ったので言わなかった。





「『死にたがり』か・・・。好きな人は好きそうな属性だね」
「でも、一時の激情だと思うんだけど。・・・見た感じ、激情って感じでもないか」
「『深くて静かな気持ち』だと自分で錯覚してる感じ・・・?」
「人それぞれだから止めないけどさぁ・・・」
「・・・」
「まぁ、一言、思った事言うけど・・・」


「アタシは、もっと年齢を重ねたフミ君も見てみたい感じなんだけどな・・・」
「『死にたいモノは死にたいんだから、しょうがない』っていう感じなのかな・・・?」





思いがけず突っかかってくるユウに面食らいながら、
フミキはユウの言葉を反芻した。

・・・。

年老いた自分について、ゆるゆると想像を巡らせてみる。
いまいちイメージが固まらない。

そして、他に思いつく事があったので、すぐに顔を上げた。





「作戦は数年後になるでしょう。5年以内かな」
「その時まで精進すれば、俺はかなり質の高い剣士になっているでしょう」
「あらゆる年齢の俺の想定したとしても、かなりイイ線まで行ってる筈です」


「・・・そういう時に真剣な殺し合いで死ねたら・・・」
「なんていうか人生の絶頂として・・・」
「ふさわしくないですか?」
「『綺麗』っていうか・・・」




そのフミキの言葉を聞いてユウはぷっと吹き出す。




「多分にナルシストなんだね・・・」
「まぁ、そう在っても良いような綺麗な顔してるけどさ・・・」
「お姐さんにとってはあんまり興味無い話題だけど・・・」
「理解できないってわけじゃない」



「『俺の全盛期は今なんだよ』って嘯いてさ・・・」
「突き抜けちゃいたい感じなんだね」
「・・・なんだかなー」
「贅沢な命の使い方っていうか・・・」



「少し視野が狭いかな・・・」
「世界も狭い」
「ソレを思うと、他人じゃない身として、ちょっと許せないかな・・・」



「うん、許せない。止めないけどね」





ユウは正面からフミキを見つめて言い切った。
言葉だけで決心を揺さぶられるような気がして、フミキは多少、動揺した。
















第九話「死にたがりのフミキ」(後編)








「そりゃさァ。運動レヴェルや頭脳レヴェルは、年老いれば落ちていくよ」
「人間も赤羊も大体落ちていくよ」
「でも、発達を続ける『人の部分』もあるよ」
「ココロさ」

「肉体も頭脳も劣化するけど、ココロは発達し続けるよ」
「上手くやればね」

「人の基本ってココロじゃん」
「一番上に乗っかってるのがココロだ」
「赤羊も40までは生きられるでしょ」
「20代30代40代のフミ君を10代のフミ君は見殺しにしちゃうのかな?」

「『お前は見るべき価値の無い、劣った俺だ』って」
「『お前なんか要らないよ』って」
「刹那的ってゆーか単純に性格悪くて馬鹿だと思わなくもないよ。そういうの」

「まだ見ぬ世界のある貴方の事だから」
「まぁ、でもアタシは最高に頭足らないからさ」
「馬鹿に馬鹿だって言われても、頭良い人はどうとも思わないよね。普通は」

「それでも思った事は言いたくなる」
「80年、醜くも生にしがみつこうとしてる糞人間としては」




ユウは首を傾げてそれだけ喋った。
フミキは目の前の女性が、ここまで親身になって話してくれる事が意外だった。
そして、戦闘能力の頂点を考えていただけ
ココロは生涯発達し続けるという事をないがしろにしてきた事に思い至る。




「10代で『人生の頂点で死ぬ』『格好良い』『綺麗』と考えている事は
浅く幼い子供の夢なのか」

「80年、世界の底に沈殿し続けるつもりの人間にとってみては、
自分の死にたがりなど『ただの病気』にしか見えないのか」



と思わされる。

「まだ見ぬ自分」もついて、考えた事は無いではないが、
「大して現在(いま)と変わらないだろう」と悟ったフリして思考停止していた。

思えば、その推測には何の根拠も無いのであった。



なんだかんだ言って、今の自分は、経験の厚みにおいて水無田夕に劣っているのかもしれない。
だとしたらユウの方が妥当な判断ができるのかも・・・



という思いも湧いてくる。




「そうだねぇ。赤羊って、フミ君みたいに端から死ぬ気でいる事は無くても・・・」
「人生設計立てにくくてさ」
「一番カラダとアタマが調子良い時に死んじゃう場合も多くてさ」

「こう、人間の人生において・・・大事な過程について思いを巡らせにくい事もあるのかもね」
「『老い』っていう大事なイベント」

「カラダもアタマも劣化していって」
「それで悩んで」
「なんとかかんとか納得したら」
「若かった時とまた違うモノが見えてきて・・・ってさ」

「ココロにとってはさ・・・」
「『上手くいかない事』も栄養なんだよね」
「『どんどん上へ上へ』って目指すのばかりが人生じゃないよ」
「その点しか見てなかったのが貴方の視野の狭さかな」

「山に登ったら、次は山を降る作業が残ってる」
「『下に行くのなんてツマンナイ』って言って投げちゃう人はあんまりいないな〜」
「山の下に降るのはカラダとアタマだけであって、ココロは新しい道をずっと進んで行けるからね」

「職業上さぁ・・・けっこう、そういう事を意識する事が多いんだよね」
「色んな人に会うし」




体育座りしたままでユウは話し続ける。目が半分閉じている。
フミキはユウについて判断を改めたい気持ちになっていて
ナナミはいつのまにか文車ばかりに目をやって遊んでいた。

そして、思いついたように眼を開けて、顔を上げて、またユウは喋る。




「あ、もう一回言うけど、止めないからね」
「思いついた事があったから言っただけ」

「赤羊の事は本当の意味で理解(わか)るわけないし・・・」
「貴方の人生に影響を与えたいって気持ちも無い」
「そんな権限無い。義理も無い」

「でもまぁ好かれたいような気はする」
「貴方、やけに綺麗な顔してるからね」
「話してみようと思って話してるのも、貴方が綺麗な形してるから」
「うん」
「勘違いしないでよね」




早口でそれだけまくし立てた。
そして、力を込めて、立ち上がる。

埃を払った末に、もう立ち去ろうとする気配を見せる。


フミキは頭の中がまとまっていなかったが、ふと突拍子も無い事を思いついたので
言ってみる事にした。




「待って、ユウさん」


「あい?」


「俺がテロ行為に加担しに行ったら」
「ナナミは置いていくので」
「まぁ、野放しにしても何とかなるかもって俺は思ってるんですけど」
「でも」
「もし良かったら、もう少しだけ、面倒見てやってくれたらな・・・って・・・」



それを聞いてユウは渋い表情を作り、
フミキの言葉を吟味する。




「ナナミって、この餓鬼の名前だっけ?」


「はい。ユウさんがつけてくれた名前です」


「やだよ」
「アンタが育てるって言ったから生かしたんだよ」






「もしかしたら」と思って頼んだフミキの思いつきは
一瞬で砕けてしまった。






「もう一回言うけど、アンタと関わってるのはアンタの顔が良いからだ」
「こんな餓鬼の女に好かれても何も嬉しくない」
「しかも、アンタが死んだ後も面倒見るとか」
「三十光年先まで無意味じゃん」






(まぁ、確かに今までのユウの言動を全部真に受けるとそういう結論になるよな)と
フミキは思って聞いていた。






「それよりアンタ。親類なんだからさ・・・」
「ユウさんじゃなくて・・・」
「そうね・・・」
「夕姐とでも呼んでよ」
「そっちの方が、お姐さんとしては百万倍興味ある問題だな」
「じゃね★」





そんな事を言って、調子良くウインクしたユウは
何処へともなく去っていった。



フミキは溜息をついてナナミの方を見るが、
相変わらず文車を傾けたり立てたりして、
しげしげと観察していた。
会話を理解する能力はあるのだが、聞いていなかった。

自分の母親に興味が無いようだ。





(ユウさんも人として駄目な人だけど、ナナミはナナミで十二分に変態だから、
 色々難しいし、色々ままならないし、色々文句言えない向きもあるよな)と
フミキはしみじみと落胆する。





人との交わりと、言葉というモノを嫌っているゼツの気持ちが良く分かる。
直感で動いても良い事が無い、人生の面倒くささをフミキは感じていた。




ユウは酷い奴であるという認識は改まらないが、
フミキの中に「人間もけっこう見所があるよな」という気持ちが芽生えたりもして、
齢13の赤羊の脳中は混沌の様相を呈する。






刀ばかり観察しているアホみたいに純粋な変態であるナナミを眺めながら、
「もっと綺麗になりたい」とココロから願った、夏の日の夕暮時であった。






少年ミナシタ・フミキの、死の匂いムンムンの不条理な青春は続くのだ。








(続く)











九話挿し絵

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