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第十話「気苦労義兄と不思議な義妹」








第十話「気苦労義兄と不思議な義妹」(前編)







「身体のピークも脳のピークも赤羊なら確かに10代20代で来るのかもしれないけど・・・」
「ココロは歩みを止める事は無い」

「『老い』から『負け』から『夢の終わり』から何かを学び続け・・・」
「ココロは後退するなんて事は無い」
「死ぬまで、『それまで』とは違う道を歩き続ける」

「アタシも最近はこの田舎の地域をうろうろ歩いてるだけだけど・・・」
「同じ場所を歩いてたら、見える景色はずっと一緒だよ・・・って若い人は思うかもしれないけど・・・」
「アタシはそうじゃないと思う」

「『進んで行くココロ』を持って、いつもと違う場所を踏みしめて」
「違う見方をすれば・・・同じ景色も違った顔を見せる」

「それだけじゃ駄目なのだろうか?それだけだから駄目なのだろうか?」
「アタシはそれだけで良いと思ってるけど、フミ君にとってはそれだけでは足りないのだろうか?」
「『それだけでは足りないだろう』と判断できるだけの材料がフミ君の中に既にあるだろうか?」
「答えは『NO』じゃないかな」

「お姐さんはそこが気になる。気になるから言わせてもらう」
「『自分の判断に穴があるかもしれない』・・・って事を指摘する」

「あなたの顔が、とても綺麗だから」
「アタシは指摘したいっていう気持ちになる」










フミキがユウに、フェリーツェ主催のテロ行為に自分も参加する旨を打ち明けてから、
半年経っただろうか。
ナナミはもう直に、2歳の誕生日を迎えようとしている。
ユウと話をする事は、ソレから10度ほどあったが、
その中で、フミキのテロ行為を止めようとするかのようなユウの言動は多く、
その言葉はフミキのココロにいくらか留まった。

やはり、人間からしてみれば、近しい人間には長生きしてほしい、と思うモノなのだろうか、
とフミキは思う。

豊かであればこそ、他人の事を思う余裕も生まれるのかもしれない。
なら豊かでは無い自分は・・・。

そんな風に考えて、フミキのテロに参加しようという意思は多勢では変わらない。

その半年の間も絶えざる鍛練と仕事もどきとナナミとの関わりの日々で忙殺されていたのだ。











ナナミは毎日毎日、フミキが撮ってきたゼツの修業風景を食い入るように観察し研究し続けた。
フミキの撮影の技術があまり高くない為、フミキは偶に申し訳ない気持ちになり、
なんとか間近でゼツの修業風景を見せてやる事はできないだろうかと
思い直したりもしてみたが、

どう問い質しても、ナナミは「お父さんの修業風景を間近で見たい」と言わなかったので、
フミキは正直、ナナミの気持ちを掴みあぐねていた。


言葉を十分理解する脳力を持っている事は自明なのに、
口数はとても少なく、必要最低限の事しか喋らない。

フミキでない大人がナナミと接したら、
「ああ、この娘はまだ喋れないんだね」と事も無げに誤解するほどであった。


一番二番にナナミと長い時間接してきたフミキとヤヨイだけが知っている。
ナナミは喋らないだけで、知っている語呂の数は多く、そこそこの(大した事はないが)論理的思考も可能で、
同世代の赤羊と較べれば、むしろ聡明な部類に入る赤羊の子であるという事を。


ヤヨイは

「この娘もいつか『何かのスイッチ』が入れば、面白い赤羊になって大成するかもしれないけどねー」
「今の性格の暗さと喋らなさじゃ、誰にも興味持ってもらえないよね」
「いくら赤羊でもコミュニケーションは『喋る』のが基本だから。『伝えられるかどうか』って大事だからね」

と、ナナミの「言葉を知っているのに喋らない性質」について感想を言った。




「何かのスイッチ」というか、「喋らない、何かの説明可能な原因」があるのであろうとはフミキも思っていた。
そして、もう一つの不思議として、「何故、全く面倒を見てくれないゼツにあそこまで執着するのか」という不思議もあった。


ナナミが産まれて最初に目にした親族はフミキである。
ゼツがナナミの父親であるという情報は、ナナミに言葉でのみ伝えられた。
ナナミがゼツの中に、自分の中に在るモノと似たモノを感じて共鳴しているのかもしれないが、
それだけではフミキには解せないのだ。


そう思ってしまう理由は、ある種の嫉妬があるからなのかもしれないけど・・・


「もしかしたら、自分は血筋ってモノの持つ、恐ろしい繋がる力の過多を見誤っているのか?」とも思う。


フミキは言わば、「自分の血筋」をないがしろにしてきた赤羊である。


その振る舞いは、同族殺しを生業とする水無田一族の中にあっても
際立って非人道的であると見なされている。



「ココロが無いのか」「両親は恋しくないのか」「自分の血筋に誇りは持っていないのか」
「そんなに剣が好きなのか。人はどうでも良いのか」「生き物としてあまりに不自然」



・・・ふとしたキッカケで、水無田の仲間達から、そんな言葉を貰う事があった。
全ての言葉の意図を理解できる。
まるで自分がココロの無い人間みたいで・・・
人として欠陥品みたいで・・・
そんな気持ちになったが、思うだけで大して悩むわけでもなかった。


人に産まれたなら、とりあえず一番信じてあげるべきは「自分の感性」だろう、とフミキは思っているからだ。
「自分の感性」は、水無田で水無田として生き、「自分のもう少し先」を見てみようと欲した。



その「もう少し」は本当に「もう少し」だったけど・・・。



・・・そんな常人とココロの軌道を逸した自分だから、
血筋(クリムゾン・リバー)の強固さ、濃さを軽視してるのかな、と思う事もある。


「ナナミはたまたま、血筋を極端に意識する星の下に産まれてきただけなのではないか」
「自分は極端に血筋とか、色んなしがらみを軽視する星の下に産まれてきたのではないか」
「極端と極端の二人だから、お互いの違いを余計に奇妙に感じてしまうだけではないのか」


という考え方も思いつく。





そんな義妹の不思議な性質の事を想いながら、
フミキはナナミの2歳の誕生日プレゼントを選んでいた。

1歳の時に渡さなかったから、これが初めての誕生日プレゼントである。



































第10話「気苦労義兄と不思議な義妹」(中編)







いつものように、他の水無田の者達の眼の届かない森の中で、
フミキはナナミに電子書籍端末と子供用の水無田の黒いローブを手渡した。

それがナナミへの2歳の誕生日プレゼントである。



ナナミはそれらを受け取って、戸惑いの表情を見せる。
「何か思う所ありげな品物」について、判断しかねているのだ。


フミキは少し笑って、樹にもたれかかる。



「ナナミ、あのさ。前も言ったけど、俺はもう直、死に場所に向かって旅立とうと思う」
「他の皆にも、その内、打ち明ける」
「俺以外にも何人かついて来るかもしれないな」
「・・・勿論、俺に付き合って・・・とかじゃなくて自分の意思で」


「お先真っ暗の閉塞状況なのは、水無田だって他の赤羊と同じ事だからな」


「ゼツさんも来るかも」


フミキがそこまで話すと、ナナミがビクッと反応する。
その反応で、ナナミが話の意味をよく理解できている事をフミキは理解する。

ナナミの瞳が右に行ったり左に行ったり、ウロウロしている。
感情が激しく動いている事は明白だが、彼女はそれでも言葉を発しない。

フミキは少し拍を置いてから、また話し始める。

「でさ、お前、もしかしたら一人で生きて行かなくちゃならなくなるかもしれない」
「俺が此処を発ったら」
「ヤヨイ義母さんには、あまりモノを期待しない方が良い」


「でも、苦しいけど、一人で生きて行く事も不可能じゃないかもしれない」
「日雇いなんかして日々をやり過ごして・・・」
「もう少し大きくなったら、誰かの奴隷になれば良い」

「もっとも、俺の参加するテロの出来次第では社会が変わってしまうから」
「他にも出来る仕事が出てくるかも・・・」



フミキはゆっくり一つずつ話していく。
ナナミの瞳は、まだ半分はゼツの事を気にしているかのように揺れている。



「でさ・・・お前・・・本が好きだろ?『言葉』が好きだろ?」
「家でよく本読んでるよな」
「そう思って、かさばらないかと思って、電子書籍端末なんだが・・・」
「本なら今のお前とでも友達になってくれると思う」
「日々の慰みに、読めよ」


「うん。それと水無田の事を忘れない為にローブ」
「なんだかんだ言って血の繋がりって強固みたいだからな」
「俺にはよく分からないけど・・・」
「お前にとっては多分・・・」
「大事なモノだろ?」


「俺はさ・・・そういうのって・・・素晴らしい事だと思うんだ。羨ましいくらいだ」
「そのまんまで良い。こんな家族でも・・・お前の精神的支柱になる筈だ」

「ゼツさんの事・・・好きなんだろ?」
「エレクトラコンプレックスなのか何か知らないが・・・」



フミキの言葉を受けて、ナナミは下を向いてモジモジする。


フミキにとっては今さらな事であり、ナナミがゼツを好いている事はよく分かっていた。
そうやってゼツを好いていられる事で、一族内での危うい立場に負けないで
生きてこられたのだとも思っていた。

剣への執着と、ゼツへの執着は
ナナミを「この世界」に繋ぎとめている錨のようなモノなのだと思っていた。
それらがナナミをこの世界において「活かしている」と。


フミキはプレゼントの意味の説明が終わったので、
ついでの瓶に、今までナナミに対して抱いていた疑問点を
もっと聞いてみる事にした。


「なぁ、お前・・・いくら赤羊だって言ってもさ・・・」
「そんなに喋らないんじゃ、『生きる席』を獲得できないと思うんだが」
「『喋れない』んじゃなくて『喋らない』んだって事は知ってる」
「・・・恥ずかしいのか?」

「そりゃ恥ずかしいのは分かるけど・・・」
「喋らなきゃ、生きてて苦労する事が一杯あるんだ」
「自分が何者であるのか、相手に伝える事ができないなら・・・やがて軽視されるようになる」

「お前が一人で生きて行く為にはさ・・・」
「『この世界と、自分自身に、どれだけ期待できるのか?』・・・って事がとても大事になってくると思う」

「周囲の人に『自分』を開示しないでずっと居たら・・・」
「お前自身も、お前が何者なのか知る事ができない。周囲だってお前の事を理解しないし興味も抱いてこない」

「そのままずっと居たら、お前、『透明人間』みたいになってしまうよ」
「透明人間である自分に・・・お前は期待できるか?」
「ナナミの事に全く関心を抱かない『世界』に・・・お前は何かの期待を抱く事ができるか・・・?」

「それは単純に難しいと思うんだ」

「『生きる席』が見つかれば、誰だってそこそこ楽しんで人生を送れるというのに・・・」
「俺だって、そこまで不幸だと思ってないんだぜ?自分の事」
「一家惨殺された俺でも」

「要は、気の持ちようと、やりようって事さ」
「今日は忠告してやろうかって気分だから忠告してやる。『もっと喋れよ』」

「本当は『言葉』はけっこう好きなんだろ・・・?」


ナナミはそれを聞いて、澄んだ眼をフミキに向けた。
相変わらず、何考えてるか分からないほどの澄んだ目で・・・。





「言葉が好き。お父さんが好き。お父さんの強い背中が好き」

「お父さんの背中から色んな事を感じ取れる。それを言葉に少しは変換できる」

「でも言葉にできない事も色々ある」

「もっとお父さんと一緒に居たい」

「お父さんの口より背中の方が『お喋り』だ」

「お父さんは背中で大事な事を話してくれる」

「それと違って、お父さんの口が喋る言葉は、お父さんの本質と違う事ばかり」

「お父さんの口から出てくる言葉も欲しいけど、今はそこまで贅沢言えない」

「私が近づきすぎると、お父さんは私を嫌ってしまうから」

「それで・・・」

「『お父さんが口で喋らないから、私も口で喋らない』」





ピアノのように響く声で囁いて、ナナミはそこまで喋った。
フミキは想像を越えた意見にいくらか驚いた。


(ゼツさんが背中で語ってるって言ってるのか・・・。
 気取った小説の読み過ぎなんじゃないか・・・?)


・・・と思わずにはいられなかった。




・・・んーだがなぁ・・・」
「それって普通と違うと思うんだよな」
「『生き様』で子供に道を示す事も、できると思うけど」
「それだけじゃ駄目だ。言葉の無い親子関係なんて不健康だ」

「本当は『ゼツさんの口から発せられた言葉』も欲しいんじゃないのか?」
「そういうのも、大事なモノだと思うんだが」




フミキは素直に思った事を告げる。
ナナミは首を少し傾けて、しばらく考え込んでいた。

















第十話「気苦労義兄と不思議な義妹」(後編)






ナナミはしばし考え込んだ後、こう言った。




「『口から出てくる言葉』も必要・・・?」

「お父さんは口で喋るのは苦手な人だと思うんだけどな・・・?」

「それなのに、言葉が欲しいっておねだりするのは、お父さんに気を遣わせて悪い」

「お父さんに嫌われたくない・・・」

「私は自分の気持ちを押し込めてる・・・?」

「私の無意識が・・・私に本音を話させなくしている・・・?」

「・・・ううん・・・無意識の事なんて分からないもの。考えたくない」

「私が、本当は、お父さんの口から発せられる言葉を欲しているかどうかは・・・私には分かりません」





フミキはそれを聞いて頷く。



「お前の意識できる範囲では『ゼツさんの言葉が欲しい』なんて思ってないんだな」
「そして、自分の無意識がゼツさんの言葉を欲しているかどうかは『分からない』・・・と」

「そりゃそうだよな」
「よく分かったよ」

「でもな、俺の意見を言わせてもらうと、『これからの赤羊』はできるだけ『自分の言葉』を持った方が良いと思うんだ」
「ゼツさんの言葉も、俺の言葉も要らないと思ってるのなら、今はそれで良いや」

「ただ、『言葉が欲しい』と思った時に、もしかしたら、お前の周りに誰も居ない・・・お前は独りぼっち・・・っていう状況になるかもしれない」
「俺もゼツさんも死んでしまうかもしれないからな」

「欲しい時に欲しい物が手に入らないなんて不幸だろ」
「・・・だから、もしその時が来たら、書物と友達になれ」

「本はお前に冷たくしたり嫌ったりしないだろ」
「無理に仲間を作ろうとしなくて良い。お前にも水無田のひたすら不器用な血が流れてるんだ」

「身勝手な事言って、悪いけど・・・」




ナナミは合点がいったような顔をして頷く。

不感症なのか何なのかはよく分からないが、時々、ハッとする程の力強さを見せてくれる娘である。
フミキが少し笑うと、ナナミも少し笑った。





「フミキさん、優しいね」





そう言ったナナミとの間に、フミキは少し距離を感じる。





「・・・なぁ、ナナミ」
「お前がゼツさんの事を好きなのはよく分かるけど・・・」


「それにしても、『俺』に対して他人行儀すぎやしないか?」
「実際に育ててるのは俺なのに・・・」


「例えばさぁ・・・」
「『お義兄ちゃん』とか、そういう呼び方してくれるとか・・・」


「そういう『アレ』は無いのかな・・・」






フミキがそう言って、釈然としない感情をぶつけると、
ナナミはきょとんとしてフミキを見上げる。

フミキは言い始めた事を少し後悔しながら、続ける。






「ゼツさんは・・・『お父さん』だろ・・・?」
「『俺』は誰・・・?」




「『フミキさん』」




「俺は・・・『お義兄ちゃん』じゃなくて・・・?」





「ううん。『フミキさん』」






問答の後、フミキは溜息をつく。




「ちょっと不公平だと思うな、そういうの・・・」
「そりゃ血は繋がってないけどさ・・・」



「俺とゼツさんと・・・何処が一番違う・・・?」




ナナミは少し考え込んだ後・・・言った。





「人格・・・。剣力・・・。顔・・・?」
「匂い・・・?筋肉の付き方・・・。癖・・・とか・・・」




「もう良い。分かった」






これ以上聞くと致命的に落ち込むと思ったので、
フミキはナナミの言葉を遮断した。

ナナミは申し訳なさそうな顔でフミキを見ている。
(危うい立場なのに良い気なもんだ)と少し思った。



14年も生きたのに、ほとんど同年代の女性と関わらなかったし、
関わる気にもならなかったフミキだが、
自分は世間一般で言われている「失恋」よりも
さらに静かで残酷な何かに晒されているような気がした。



「血の壁」「運命の壁」「変態の壁」・・・エトセトラ・・・。



そんな壁がナナミとの間にあるような気がした。























少年、ミナシタ・フミキは他にも色んな事を考えている。



ナナミが2歳になった頃、彼は自分の愛刀「文車」を当時の大天才、フェリーツェの元に送った。

フェリーツェは人間と赤羊の脳内で生じる「愛」という感情に関する研究者であり、
其処から派生して「人の人格」「怒り」「悲しみ」「人の社会」など
人の関する事なら何でも研究しているのであるが、

その様々な研究分野の中でフミキが着目したのは
「人の人格のエニグマへの移植」の研究である。

現在の所、そんな事をして得られる利益はコストに対して微々たるものであり、
フェリーツェの趣味的研究である。

フミキの文車に当時記憶されていた情報は、彼の実の父母の肉声による録音情報。
フミキにとって、自立して思考できる自分の人格をエニグマに搭載できる事は、
単純に今の文車の機能を大きく羽ばたかせる事になるのではないかと思えた。



つまり、フミキ自身の人格を文車に植え付けようと思ったのである。



そして、ユウの言葉を聞いて気がかりが生じ(本当はユウに言われる前から気になってはいた)、
「刀の中でココロが発達し続けたとしたら、未来にどんな自分が生まれる事になるのか」
という事に興味を抱くようになったのだ。

いわば、文車に自分のコピーを載せる事はフミキなりの「実験」である。
死んでしまう自分は「実験結果」を確認する事はできないが、
そこそこ優秀なエニグマに載っている以上、色んな出会いがあり、
使用者はコピーのフミキと遭遇する事になる。

「あったかもしれない自分」を刀に載せて、この世の中で表現する事で、
「自分の本体」は自分の中で生じる筈の「あったかもしれない自分」を諦められるのではないか?

フミキはそう思った。

あまり論理的な思考ではないかもしれないが、フミキにはそう思い込む事ができた。



とにかく、かくして、文車はフミキの手を離れ、フェリーツェの元に渡ったのだ。

後の事はまだ、決めてない。










(続く)





十話挿し絵

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