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第五話「フェリーツェ・コネクション」






第五話「フェリーツェ・コネクション」(前編)










日にちは数日遡る。
プラトとムスイが大脳特化型赤羊のフェリーツェの別荘に辿りついた辺りからである。


フェリーツェの別荘は深い山奥に鎮座ましまする歴史的情緒にあふれた白い建物だった。
門衛に用件を伝えて、そのまま地下の実験室に案内されるムスイとプラト。

部屋の中に通されると、案内してきてくれた門衛は何処かに行く。
実験室はそれほど広くなく、ホルマリン漬けにされた奇怪な生物などが
ゴチャゴチャ並べてあり、有機的な匂いがツンと鼻についた。

奥で、こちらの方を向いて実験らしき事をしている
変な髪型の女性が見えた。薄い青系統の白髪で黒いサングラスをかけている。



「どうも。フェリーツェさん。暁国のムスイと言います」



ムスイが先に声をかける。

頭から電球マークが飛び出たように急激な反応を見せた女性は
漫画のようなチョコマカした動きで、すぐにムスイとプラトの前に駆けてきた。



「あら。写真で見るよりフツメンね。ムスイ君。お会いできて嬉しいですわ・・・」



女性は機敏な動きでチョコンとお辞儀する。





「ボクはフェリーツェ。ストライクフリーダムを拠点として『愛の正体』について研究している
 ドクター・パーフェクト・・・」

「そっちはプラトさん・・・。それなりにお強いと聞いていますわ」




フェリーツェはスカートの端を手で持って広げながらまたチョコンとお辞儀をしている。
プラトは(さっきから挙動がおかしな奴だ・・・)と思っていた。
















地下の別室に移動した3人は
適当に自己紹介し合って世間話を交わした。



事前にネットを駆使してフェリーツェの論文を読みあさっていた
ムスイが主体となってフェリーツェと話し、
プラトは横で聞いていて幼馴染の凄さを改めて感じていた。



「書かれてる事の詳細な内容は分からなくても、雰囲気だけ掴めれば話の種にはなるゾ?」



とか、海を越える前に言っていたムスイを
プラトは馬鹿にしていたが、やはり、怒った時の破壊力以外は
目の前の男に大体敵わないのだ、と少し思った。







「ムスイ君、愛って何だと思う?愛とは何ぞや・・・」


「・・・さァ〜。『他人に干渉されたいって気持ち』とか・・・つまり『自分を愛してほしいって気持ち』かなー」
「そういう気持ちから端を発する・・・行為全般の事じゃないか?」
「いや、でも真に相手の事を思っているマゴコロってモノもある気がするけど・・・」
「もしくは『躊躇わない事』じゃないかな〜」






フェリーツェに抽象的な質問をされて、ムスイはいつものように格好悪くて惚けた答えを返していた。


「この場に自分も居て良かった」と思っていたプラトであったが、
その後、急にフェリーツェに顔を向けられ、ビクッとした。




「プラトさんは・・・愛って何だと思う?」

「はひっ?!」




二人の全く興味の湧かない話題を聴いていて、淀んでいたプラトの思考回路がスパークする。
本来なら、肉体労働を主要な仕事とする赤羊相手に、そういう抽象的で地に足が着いていない
質問が投げかけられる事は皆無だ。
もし、フェリーツェが自分にとって重要な人物でなければ、プラトは


「そんな生きる為に必要のねー戯言を言う趣味はねーよ!」とか


そういういい加減な返答をしてお茶を濁していただろう。
しかし、フェリーツェに対してそんな軽口を叩けば、
機嫌を損ねられて、ミズエが損をしてしまう結果になるであろう事は
プラトにも瞬時に理解できた。

プラトは頭をショートさせながら、己の脳筋を呪いながら、一生懸命逡巡し、そして





「アタイの幼馴染の太眉の眼鏡の女が小学生くらいの時に」
「『愛の正体は、思い込みと錯覚と歪んだナルシシズムだと思う』って言っていました」
「アタイはその幼馴染の事を、そういう事を言う事に関しては・・・信頼してるので・・・えと・・・あと・・・」
「アタイもそうだと思いま・・・す・・・」






途中から顔を真っ赤にして下を向いてしまったプラトはなんとか最後まで言い切った。
アゲハが大昔に言っていた事をコピー&ペーストする事しかできなかった
自分の脳筋を激しく噛みしめなければならない結果となった。

(泣きたい・・・)

プラトは思った。



「ふぅーん・・・」




フェリーツェの声が響く。
プラトはその声を聞いて、フェリーツェがニヤニヤ笑っているような気がした。
そして、顔を上げてみると、頭の中で思い描いた通りの顔でニヤニヤ笑っているフェリーツェの顔があった。




「素敵な幼馴染さんだと思いますわ」




フェリーツェは事も無げにそう言った。
プラトは歯痒さで顔を歪めた。
「頭の良い奴とは今後一切関わりたくない・・・」という気持ちになった。

横でムスイが涼しい顔でニコニコ笑っている。





「・・・うん。皆、大体そんな感じの答えを持ってる人が多いですわ」
「ってゆーか、馬鹿馬鹿しくって、魔界ではそんな事を真面目に考える人は今までほとんどいなかった・・・」

「ボクは変人だから『愛の正体』に興味を持って、大脳生理学とか心理学とか色んな方面から『愛』に関する研究をしてる・・・」
「とても『俗』な大脳特化型赤羊ですわ・・・」

「きっと、僕の代では、ボクの主テーマの価値は社会に還元されないでしょう・・・」
「偉い人は皆・・・ボクの事を悪く言うよ・・・」
「能力を社会で生かそうとしない・・・駄目な天才だって・・・」




フェリーツェは言った。
その辺に関しては、プラトもムスイに教えてもらっていた。
しかし、フェリーツェがそういう問題を話していても涼しい顔をしている事に関しては
前情報で知りえなかった所だ。



「でもねー。変な奴の存在と仕事を認める事も、多様性のある社会に広がりを持たせる為に必要だと思いわすわ」
「弱者とか敗者とか・・・そんなの人の勝手・・・。そして社会の勝手・・・」

「そんなモノに振り回らせずに生きられたら・・・ソレってとても自由・・・。憧れずには居られない青い空」
「だからボクは赤羊の味方ですわ」

「どんなにそうする事で自分にとって不利になっても・・・」
「常に人間より赤羊の側に立っていたい・・・」

「ソレがボクの自由ですわ」



フェリーツェは優しい顔でそう言った。



「なるほど。その気持ち、とても強い気持ちなのが分かります。フェリーツェさんは十二分に社会性のある人ですね」
「その事を自分で『俗』だと言うのかもしれないけど・・・俺はとても好きだな」



ムスイが目だけニコニコさせて言う。
クスッと笑うフェリーツェ。







「ボクの趣味の質問に一生懸命に答えてくれて有難う」


「あなた達に一定レベルの信頼を捧げます」


「ミズエちゃんの話をする前に・・・今日は少し大事な話のイントロダクションを話させてもらいますわ・・・」






何か思惑ありげな上目づかいで、フェリーツェがムスイを凝視する。
プラトは集中力を取り戻し、ハラハラと目の前の二人を見比べた。























第五話「フェリーツェ・コネクション」(中編)














急に改まったフェリーツェを見てムスイも首を傾げる。
フェリーツェは首を左に15度くらい傾けた格好で静止する。
深緑色の目がムスイの目を射とめて離さない。







「ボクは今、監視されていない」
「皆、ボクは道楽者で安全な大脳特化型赤羊だと思っている」
「意思はどうあれ、危険な能力を持っているって言うのにさ・・・」



「ボクは天才だ」
「天才は凡人の発想の外側に住んでいるから、天才であり続けられる」
「何を考えて、何をしでかすか・・・たいてい、凡人の予想の範疇に収まらないのに・・・」

「馬鹿な人間達・・・」
「ボクを無視する・・・。ボクの魂が求めているモノについて重要視しない・・・」


「少しの間の付き合いだけど・・・ムスイ君は『自分で考えられる赤羊』だね・・・」
「さっきの問いへの答えはイマイチだったけど・・・」
「ボクはあなたの本質を見抜いている・・・」







喋り続けるフェリーツェの瞳がピクリとも動かない。
(アンドロイドか何かみたいだ・・・)と、プラトは発想した。









「あなたは優秀な戦士だ」
「そして有能な知的生命体でもある」
「ボクは『そう』認めている・・・」




「だからボクはあなたを誘ったのです」
「一緒に試験(トライアル)を受けてみないかって・・・」
「プラトさん・・・あなたもですわ」






そう言うと、傾いていたフェリーツェの頭が正位置に戻る。
一回瞬きした後、上目づかいでムスイの顔を見やる。
プラトは怪訝な顔をする。







「試験(トライアル)とは何ぞや?」






プラトは冷静さを装って質問した。
フェリーツェはニヤッと笑うとさらにペラペラ喋り出した。





「大脳特化型赤羊なら今までも大体そうだったのですが・・・」
「ボクは無境界の人の・・・『魔界の門番』の人々と親交がありますわ」




「魔界の門番とは・・・永遠の命と老いない身体を持った・・・この世界の調整役・・・」
「ボク達とは魂の在り方が違う、神の忠実な僕・・・」
「ボク達のワンランク上の存在・・・ですわ」




「その方々に数年前に、ボクは一つの課題を出してもらいましたの」




「この地球には、赤羊禁制の・・・人間のみが住まう都市・・・というモノがいくつかありますが・・・」
「その中での、最強の防御システムを持ったストライク・フリーダムの学術都市『ワンダリング・ハイ』・・・」




「其処は、洗脳された赤羊の軍隊が周囲を取り囲み、近代兵器で厳重に防御されていますが・・・」
「その都市の地下深くに、何人かの魔界の門番が常駐する楽園のような世界がありますわ・・・」




「そこに住む魔界の門番の人に会えた機会に・・・オフレコで話してもらえましたの」




「『もし、自分達の居る都市の地下部まで、ボク以外の普通の赤羊を侵入させる事ができたら、
  赤羊の解放への第一歩として、死亡プログラムを解いてやる』って・・・」
「言ってましたわ。お会いした魔界の門番の人が」




「元々言いだしたのが、ラグナロク様であると確かに確認しました」





「もし、普通の赤羊を『ワンダリング・ハイ』に侵入させる段になれば、人間も敵に回すので、
 何らかの方法で死亡プログラムを作動させなくさせる必要があるかもしれませんが・・・」




「ボクはこの数年で、特定の空間で、死亡プログラムを作動させる電波をジャミングする技術を開発しました」
「後は細かい作戦を立てて、戦力を揃えるだけですの」






「有力な赤羊の作戦部隊をを作って、作戦と力押しで防御網を突破し、『ワンダリング・ハイ』の地下部まで
 攻め込ませるつもりですわ」








フェリーツェはソレだけ言って目を細めた。
ムスイは目だけ笑った顔で顎に手をやっている。
プラトはあまりの事に口をパクパクさせている。




「ア・・・アアアアンタ・・・そんな危険な活動家(テロリスト)だったのかァアアアア?!」




プラトが前に乗り出して抑えた叫びを響かせる。
叫んだ後で、「本当に監視は無いのか?」という疑念が鎌首をもたげ、アタフタする。

フェリーツェは首を少し斜めにしてククッと笑い・・・





「言ったじゃない・・・?ボクは赤羊の味方だって・・・」
「世界はボクの危険度を認めていないって・・・」
「ボクは皆から低俗で非社会的な大脳特化型だって思われてるって・・・」




「でもね・・・本当は・・・とても社会的な赤羊なのですわ・・・」
「何処かでずっと社会と繋がる機会をうかがっていた・・・」
「そして、ボクはもう20歳。あと10年以内にボクの命は尽きる・・・」
「ボクはボクの代だけでは終わらない『愛についての研究』をしてきたけど・・・」




「それで・・・ごく平凡なある推測を立てるに至った」
「誰かが誰かの奴隷になっている今の世界では・・・自由な愛は育たないって・・・」
「真実の愛は育たないって・・・」




「神様はきっと赤羊の生産を止めやしないだろうけど・・・」
「ボクは知ってる。決して赤羊は人間に対して、全てが劣った存在であるわけではない・・・」
「人間に無い美点・・・長所・・・色々持ってる・・・」




「その違いが十分に認められた・・・人間も赤羊も対等な『愛ある世界』・・・」
「それを思い描くと・・・胸が高鳴りますわ。その実現に関して一役買う事ができれば・・・
 ボクの研究人生にも『意味』があったんじゃないかって・・・ボクはそう思える気がするんです」




「なのでね・・・そう・・・テロリストにくらいなっても良いかって思ってるわけで・・・」






少しはにかんで、フェリーツェはソレだけ喋った。
腕組して聴いていたムスイは大きく目を開けてフェリーツェを見やる。







「なるほど。俺とコンタクトをとったのは、俺をあなたの兵隊にしたかったからだな?」






ムスイは言った。
フェリーツェは口だけ笑顔でゆっくり頷いた。

プラトは一人で、状況を理解するのに手間取っている。
ムスイもプラトも、ミズエの事など、もうとうに忘れてしまっていた。

















第五話「フェリーツェ・コネクション」(後編)
















「あーあ。変だと思ったんだよー。頭の良い奴が、アタイらみたいな馬鹿に興味持つなんてさー」




沈黙の後、プラトがのけ反りながら言い放った。




「俺も『愛ある世界』・・・良いと思うゾ?ただ、若干、論理が飛躍してるけどな」
「・・・でも嫌いじゃない。うん」




ムスイはそう言ってプラトとは正反対の反応を返した。
プラトは動揺して咽返る。






「ちょ・・・!馬鹿・・・!コイツはアタイらを利用しようと・・・!」



「そんなの関係無いと思うな。
 企業だって新入社員を利用しようとしてるだろ?ソレと同じさ。
 こっちにもリターンがあれば良いんだ。この場合、夢と生き甲斐だ」



「あーた!プライドとか無いの?!」



「そんなモノ、小学生くらいの時に近所のドブ川に捨ててきたゾ?」





プラトとムスイが言い争っているのをフェリーツェはニコニコしながら見守っていた。
どうやら、ムスイはフェリーツェの駒になる事に関して、吝かでもないらしい。







「アタイらがいらん所で死んだらみーちゃんが困るだろ?!」



「なーに。実際に動くまでにまだ時間がかかるだろうから、ソレまでにいっぱしに育てられるさ。
 ソレに、俺だってミズエちゃんは可愛いけど、『自分よりも大事』だなんて惚けた事を言う気は無いゾ?」






プラトは肩でゼェゼェ息をして、半泣きになっている。








「・・・まぁ、良い。アンタ、大分本気みたいだから・・・残り数日の間にじっくり決めようじゃないか・・・」








プラトが弱弱しく呟く。
ムスイが満足げに笑って、フェリーツェの方に振り返る。






「俺ら以外にも声かけて回ってるんだろ?どうよ?集まりの具合は。実現できそう?」






その前の口論は何処吹く風で、ムスイがケロッと尋ねた。





「んーとね」





フェリーツェはポケットから数十枚のカードを取りだす。
そして目の前の机の上に手早く並べていく。
カードには人の写真とその名前らしき文字が描かれていた。







「今の所、これらの人々などに呼びかけてますわ」
「この人達と、ボクの繋がりの事を、ボクは『フェリーツェ・コネクション』と呼んでますわ・・・」







全部並び終えて、フェリーツェが言った。
プラトはそれらをザザーッと眺めまわした。





「知ってる顔が少しある・・・。暁国人が多そうだ・・・」

「ええ。暁国は赤羊に対する人間の支配が緩いので、なるべく多く作戦に参加してもらおうと思いまして・・・」





プラトの言葉にフェリーツェが答える。





「あァ・・・。この黒髪クセっ毛のショタ・・・。可愛いな・・・。暁国人かもしれないけど暁国人離れした美形・・・」




プラトが10歳くらいの少年の写真を見て溜息を洩らす。
下に書いてある名前には「水無田 文貴」とある。




「話が逸れてる」




ムスイが抑揚の無い口調で言い放つと





「はい、スイマセン・・・」





とプラトは20パーセントくらい縮んで、自分の頭に手を置いた。
それを見てフェリーツェが目をキラキラさせている。








「これが・・・亭主関白・・・!」


「話を進めましょう」






フェリーツェの感動をムスイは短い言葉で断ち切った。


フェリーツェはそこまでのやりとりで、ムスイという男は
やはりテレビで観ていた時の印象通り、抜け目の無い人物だと評価していた。
プラトもプラトで、抜け目がある分、ソレが魅力となっている好ましい女性であるように思えた。


有力な手駒となるであろう・・・という予感を胸に秘めて、
フェリーツェは説明を続けた。







それから数日間の話し合いで、3人はそれなりの信頼関係を築いていく事になる。










(続く)

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