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第十八話「自分という資源の使い方」






第十八話「自分という資源の使い方」(前編)




「…結果だとか財産だとか地位だとか俗な事言ってっけどよ…」
「それは『お前の本体の価値』とは何も関係ねーんじゃねーのか?」
「他人から自分が如何に評価されたからって…」
「自分で自分を認められないと、全く意味が無いと思うけどな」
「俺にとっては、自分で満足できる剣力を自分で身につける事が」
「とても難しく思えるし、だからこそ、他人にどう評価されるかより大事だ」



「ゼッさんがそう思ってるのはもうよく分かったよ」
「でも人には生まれ持っての性癖ってモノがあるよな」
「俺は人は『自分の名前の為に生きてる』と思ってんだ」
「残るモノは、価値のあるモノだと思ってる。名前は…消えないだろ?上手くやれば」
「他人の評価を大事にしてる…と言われれば、ソレは否定できない」
「でも、一般常識的に、『男』の価値は『市場』が決めるもんだと思うけどな」
「『生きた証』を示したいなら、周りに上手くアッピールしなきゃ」
「通じやすいような形でな」
「俺達、大人は、社会から需要があってナンボだゾ?」



モリベ・ナナセは、その日、偶然にもアジトの通路の角を曲がる途中で
このような話し声を立ち聞きした。

自分から出て行くのはやめようと思ったものの、
声の主がムスイとミナシタ・ゼツである事は分かっていた。

ナナセは正直、ミナシタ・ゼツの正視した相手を斬り殺すような妖気を
苦手としていた。


しかし、ここ最近はよく彼とムスイが立ち話している場面に出くわしている。

彼らが何処で仲良くなったのかは分からないが、
大人数が居る場所では決して馴れ合わず、
二人っきりになった時だけを狙って、ポツポツとコミュニケーションしている
という事は分かっていた。



不思議な現象であり、ナナセにはとても原理を解明できないのだ。









「…じゃァ、ゼッさん!その内また、お互いの調整をしましょう!」


ムスイが軽く手を挙げるのを見て、ゼツは踵を返して、ナナセがさっきまで居た方向に歩きだす。
ムスイは逆方向にニコニコしながら進んでいく。


主観も客観も、人にとって同じように重要である事は分かりきっている。
それでも、ゼツのような高い技術レベルを有する赤羊が「個を深める」事ばかり
考えているという事実が、ムスイには嬉しく感じられた。

異なる意見との遭遇は、ソレはソレで自分を客観視する為の助けになるわけであるし…。


そんな事を考えながら角を曲がると、気配の無い人影が目に入って
ムスイはビクッとする。


肝を冷やして、冷汗を流しながら、壁にもたれかかって気だるい表情を浮かべている
ミナシタ・フミキを見やる。



ムスイの全身を見るともなくボンヤリ見ているフミキの雰囲気が、
いつもと少し異なる印象だったので、ムスイは少しキョドる。


「や…やァ。フミキ君。そんな所でナニしてるの?」

ムスイは明るい笑顔で話しかけた。

フミキはその言葉に、すぐには反応を返さず、
ゆっくりした動作で、少しだけ首を傾けた。


ムスイは頭にクエスチョン・マークを浮かべながら、しばらくフミキの言葉を待つ。
そして、



「…ゼツさんは…」


「…大きな戦いが近付けば近付くほど、表情が鋭利な暁国刀みたいに研ぎ澄まされる」
「…そんな人です」


フミキはゆっくりした口調で話を始める。


「…でも、多分、誰かさんのおかげで…」
「今回は表情がだんだん緩んできてる」


「俺が好きじゃないゼツさんの表情に…だんだん移行してる…」



ムスイは「こりゃ不味い」という顔をする。


「フ…フミキ君!その『誰かさん』ってのは、おっちゃんの事かな?!」

「まァ…ココロ当りは無い事も無いけど…」
「飯に誘ったり飲みに誘ったり…」


ムスイはしどろもどろになり、手をたくさん動かしながら弁明している。
どうも、フミキがムスイを責めているっぽい事は理解できた。



「…でもな!大決戦の前だからこそ、お互いから学び合おうっていう…」
「おっちゃんの深遠な配慮なんだ…」


そこで、突如としてムスイの首筋に、ヒヤリとした感触が伝わる。
瞬間、背筋が凍る。



「…ゾ…?」


恐れ慄きながら視線を動かすと、暁国刀がムスイの首筋ピッタリに沿って
静止しているのが分かった。



「な…」



フミキはいつの間にかムスイの背後に移動している。
振り返らなくても、冷たい目でムスイの背中を見つめてきているのが分かった。

ムスイは完全に背後を奪われ、生命の危機に晒されていた。




数瞬後、背後のフミキの気配が少し揺らぐ。



「…俺もけっこう真摯な覚悟で此処に居るんです」

「ゼツさんが本調子で事に臨んでくれる事も、俺の計算の内なんだ」

「…なのに、余計な事して、調和を乱されるのは面白くないんです」


フミキは呟くように言葉を紡ぐ。


そして、ゆっくり、刃を首筋から放して、鞘に収めた。
ムスイは少しだけ、フミキに対して振り返る。


目を細めたフミキは、さらに言葉を続ける。


「…ちょっと釘刺しただけですよ」
「…言いたい事言わないで、後で後悔するよりマシですから…」


「あまりお痛が過ぎると、俺も黙っちゃいないって事を伝えたかった…」


フミキは薄眼だった目を開いて、微笑する。


「…これくらいの事で、俺の中のあなたの評価を変える気は無いので、気にしないでください」

「俺は、今はあなたの仲間ですからね。しょうがないでしょう」

「ま、あなた程の人なら、俺の中のあなたの評価の事なんて、どうでも良いんでしょうけどね…」



それだけ言い終わると、フミキは踵を返して、ムスイからカツカツと離れていった。
何の拘りも無い、さっきまでの出来事が嘘のような爽やかな足取りで。


ムスイは色々な事を思ったが、とにかく、衝撃を受け過ぎてどうしようもない状態だった。








第十八話「自分という資源の使い方」(中編)





カツカツ歩くフミキの後ろ姿が遠ざかっていくのを見て、
ムスイはハッと我に返る。



「おいッ!!!」



ムスイは大声で怒鳴りつけた。

フミキは足を止め、何気ない表情で振り返る。

ムスイの表情が、彼にとって、かなり険しい部類の形態をとる。



「…今、いくつだ?」



ムスイの質問に対して、フミキは僅かに首を傾ける。



「…15くらいですかね…?もうすぐ16かな…?」



答えたフミキは、眼で「ソレが何か?」と質問を返している。
ムスイは何通りか言葉を考えた後、言った。



「…馬鹿だよ。お前は。…勿体無さすぎる」
「…おっちゃんが思うに…自分の身体は、神様が自分に与えてくれた手札であり資源であり…」

「何処の誰だって、その限られた資源を全部搾り取るように使い切る責務があるんだと思う」
「…なんでかっていうと、その自分という資源は、先祖代々受け継がれてきたモノである上に…」
「この社会全体が一緒になって自分に贈ってくれた、唯一の大事なモノだからだ」


ムスイは、かなり自分が一生懸命に喋っている事を自覚する。


「自分の能力とか色んな全部の資源は、全部、使わなきゃ駄目なんだよ!」
「皆、そうやっていくんだ。そうやっていく過程で、何か大事なモノを見つけられたら、運が良い」
「ソレだけじゃない。そうやって自分や社会に対して真摯に生きてれば、色んな楽しみもまた見つけられる」
「俺達は『そういう』生き物なんだゾ?!」

「…」
「何だよ。お前のその『才能』…」
「俺が喉から手が出る程欲しかったけど、結局得られなかったモノが…」
「お前の中にはある」

「ずっこいんだよ!」
「もったいないとかそういうの以前に…」
「お前にはお前の才能を全部開花させて、この世の社会を楽しませる責務があるんだ!」
「今まで何に生かされてきたと思ってんだ!『この社会』に生かされてきたんだよ!お前だって!」


興奮し過ぎたムスイの右目から、ちょびっと涙が除いている。
フミキはソレを呆れた顔で眺めている。


「俺の才能があなたより上…?嘘おっしゃいな」
「同じ条件で真っ当に戦って、勝てる気なんて一切しませんね」


フミキの言葉に対して、ムスイは渋い顔でふるふる首を振る。


「15の時と俺と較べたら、随分違う…」
「ソレにお前は…全然苦労してる顔してないんだよ」
「女子にはモテるだろうが…」
「俺はお前が想像できないくらいのレベルの苦労をしてきたんだ」

「制御しきれない我執と格闘しながら…」
「功名心なんていう俗な気持ちを持て余しながら…ソレでも大事に愛しつつ…」
「俺の限られた資源を工夫して使い、いつも最善以上の道を探し続けていた」

「俺がお前の身体を持ってたら、今回の戦いは自重するね」
「確かにこの作戦は大事かもしれないけど…」

「生き延びてさらに技を研ぎ澄ませられたら、もっともっと社会に資する事ができる大きな仕事が…」
「きっとお前を待ってるゾ?それくらい想像できる筈だ」

「責任放棄してんじゃねーよ」
「もっと自分の命に責任を感じろ」
「お前の命はお前だけのもんじゃねーだろ」

「非論理に流されず…」
「一番、皆の為になる使い方ができるように…よくよく考えるんだ」

「…おっちゃんはゼッさんみたいにピュアな良い子じゃないからな」
「こんな忠告だって、あんまりしてやれないゾ」
「今、感情のままに勢いで話してるけど…」



ムスイの本気の真面目な視線が、フミキの視線をガッチリ捉える。

フミキも少し驚いている。
フミキもムスイについては、色んな人と上手くやってるフリをしながら
ココロの中で馬鹿にしている冷めた大人だと今まで思っていた。


よりによって自分に対して激しい感情が向けられている事が意外だった。


フミキは数瞬の躊躇いの後、口を開く。



「…ビックリしました」
「水無田の人達は、基本、他人に無関心な人々だったし…」
「何より、あなたは赤の他人だ」
「…なんで無理に関わろうとするかな…?」



「お前と話す事で、世界に資する事になるかもしれないと思ったからだ」
「…ま、赤羊に資する事になるかもしれない…かな?」


少し力を抜いたムスイは、すぐに返答する。

ムスイは目を細め、落ち着きを取り戻している。


「お前は今の時点で十分強い」
「もし戦う相手に不自由するようなら、今度から、おっちゃんとヤろう」

「…あと、君の希望は分かったから」
「無理にゼッさんの緊張を解くような真似はできるだけ控えるよ」
「確かに、良くない事かもしれないしな」


ムスイは踵を返す。


「こんなただの口頭で伝えただけで、君の中のめんどくさいモノが消えるなんて思ってないよ」
「ただ、俺の気持ちは知っとけよ」
「気が変わったら、いつでも降りろ」



未練なくムスイはフミキから遠ざかっていく。
フミキは少し驚いた表情で、彼の背中を見送る。


ムスイの中の「熱さ」が不思議でかなわなかった。
その「熱さ」は、フミキの中からいつの間にか消えてしまった
何かであるように感じられた。



その事に気付いた事は、徐々にフミキの中で大きな意味を持つようになっていく。












第十八話「自分という資源の使い方」(後編)












大国ストライクフリーダムの首都「ワンダリング・ハイ」は学術と宗教の都市である。
巨大な城塞に囲まれたハイ・ソサエティーなビル群。
そして郊外には「聖ラグナロク大聖堂」という巨大な寺院がある。


現世の日本などでは、その頃、「生きる実感が無い」とか「自分の国に誇りを持てない」とか
「生きてる意味が分からない」とか「自分が何者か分からない」とか、
科学技術が発達した国なりの、妙な悩みを抱える若者が増えていた。

そんな情報を知っている魔界の人間達は、
そんな進んだ社会特有の悩みを解消する為に、宗教の力を借りる方法を思いつき、
実践していた。
現世の動向を反面教師にしている…というわけだ。


人間の識者によって練りに練られた現代の社会の現状に即した
新しい宗教は、それらの新しい悩みに対する答えを民衆に効果的に与えていった。


「ワンダリング・ハイ」のほとんどの人間達は、土日完全OFFで
その郊外の大聖堂へ出向き、寝泊りし、宗教を学び、座禅を組み、
己と向き合い、自らの役目を自覚する作業に没頭する。


このような活動により、ワーカホリックなどが原因の自殺は減少し、
仕事の創造性も上がったというデータが出たので、
それらは慣習として定着しつつあった。









人間達が寺院に出払っている時も、そうでない時も、
城塞の上で大事な学術都市を守っているのが、ワンダリング・ハイの守備隊である。


その中で統率を担当する「イージス10将」の長、星街天風(ホシマチ・テンプウ)は
誰よりも職務の遂行に重きを置く性格で、
1日中、城塞の上で胡坐をかいて、都市の外の荒野を見下ろし、
集中力をかき乱す事は無い。



モスグリーンの軍服に身を包み、
背には大きな刀型のエニグマが日本。
一際目を引く、灰色の狼型のヘルメットを被っている。
ヘルメットの眉間の部分には「生老病死」の文字があり、
ウェーブのかかった後ろ髪が覗いている。



その視線の先の荒野で、一人の赤羊が大荷物をしょって城塞の方に歩いてきている。
敵ではない。
テンプウの仕事仲間である。



ある程度近づいた所で跳躍してきた彼は、
テンプウのすぐ隣に音を立てずに着地する。



チャイニーズな服に身を包んだ、三つ編みのその赤羊の男の名は
ナイロン・バシャーモという。


彼はテンプウを見て、いやらしい笑顔を見せる。


「テンプウさん、コレ、なんだか分かるアルか?」


ナイロンは掌の上で弄んでいた茶色い棒状の物体をテンプウに見せつける。
ソレは枝分かれした木の枝のような有機物であった。



テンプウはナイロンの方を向かないで、溜息をつく。

「…炎熱羊(グレンオーガ)の角だろう…?」
「あまり見せつけられて気持ちの良いモノではないな…」


ナイロンは一段と爽やかな表情になり、胸を張る。


「いや、俺にとってはもっと意義深い物アル」
「俺の国に感謝しないと…」


「まーさか、こんなでっかい『自然淘汰』に携われるなんて思ってなかったアル」
「もう金輪際、この仕事は入らないんアルよ」
「俺の手柄でェエエエェ!」


「…なんか目の前の視界がパッと開けたようアル…」
「また社会に貢献しちまったって事アル…」
「俺ってば、何処までusefulな人材になれば気が済むんだろう…」


「嗚呼…。俺のこの『貪欲さ』こそ、天から授けられた贈り物アルね…」


ナイロンはうっとりした表情で掌を天にかざしている。
どうやら、ただひたすら自分の手柄をテンプウに主張したいだけのようだ。


テンプウの狼のヘルメットの大きな瞳が、ナイロンをじろりと睨む。


「…暁国に行ったんだろう…?俺の国だぞ…」
「素直に褒めてやる気にはならない」


「『悪』だとは思わないが…」
「炎熱羊は人間にとって有害だったからな」
「…ただ、汚れ仕事ではある」

「現世の日本の猟友会による熊の射殺のような…」
「粛々と裏でコッソリやって、誰にも手柄を主張しないのが得策だ」



ナイロンは笑顔を顔に貼り付けたままで、素早い動きで
「うんうん」と頷く素振りを見せる。



「テンプウさんは、いっつも俺みたいな奴にもマトモに注意してくれるから好きアルよ」
「自分が良識が無い分、良識がある人は偉く見えるアル」


「…じゃ、俺はコレをしかるべき機関に届けに行きますんで」
「ツァイツェ〜ン!」



ナイロンはソレを言うが早いか、城塞を飛び越えて、ビル群の森の中に消えていってしまった。

テンプウは溜息をつく。
自分にとっても「グレー・ゾーン」に居る赤羊と付き合うのは
テンプウにとってかなりのストレスであった。



若い頃の自分が、ココロの中で居場所を無くして困ってしまっているような、
そんな居心地の悪さを感じるのだ。





全ての事に白黒つけるのをやめてから、
どれくらい時間が経ったであろうか。




心労ばかりが積み重なって、テンプウの老いた身体は、今にも擦り切れそうな程に
消耗していた。


「役に立てなくなった時が潮時だ」と、一日一回、自分に言い聞かせ続けている。

「ワンダリング・ハイ」のハイソな風は、テンプウの老いた身体には、だんだん冷たく感じられるようになっていっていた。










(続く)           次回、テンプウ過去編。






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