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第十六話「コミュ力不全の剣士」




第十六話「コミュ力不全の剣士」(前編)






アジトに人が集まりだして、3か月くらい経った頃。

別にその頃に際立った動きではないのだが、
全世界のあちこちの炎熱羊の集落で、集団自決が流行している事が
新聞の記事の情報でもたらされていた。

暁国以外のほとんどの国では、炎熱羊は迫害の対象となっており、
公の場に出る事すらはばかられていたし、
炎熱羊駆除法の施行を受けて、公的機関によっても民間の間でも
容赦なく「死亡プログラム」で殺されていっていた。


他のテロリストとなった野良赤羊のように、
社会を敵に回して実力行使にでてきてもおかしくない・・・と、
少なくとも公的機関は慎重に炎熱羊の駆除を行ってきたが、

実際に武力で反撃してきた炎熱羊はごく少数で、
ほとんどが対話や意見の提出によって自分達を守ろうとしていて、
それも功を奏さないと分かり、
ついに自分達の「絶滅」が現実味を帯びてくると、
あろう事か自殺し始めたのだ。


既になけなしの数だった炎熱羊が、更に頭数を減らしていく。
「絶滅」の日が来る事は、既に曖昧な予測ではなくなっていた。


モリベ・ナナセの表情は曇る事が多くなり、
何度もトウメ夫妻に相談を持ちかけていた。


トウメ夫妻は炎熱羊と密な交流があったわけではないが、
彼らがパークレンジャーを務めている「知新国立公園」の奥地に
炎熱羊の小さな集落があったのだ。
コウメイと血縁関係にある誰かが昔の炎熱羊と契約して、
隠れ家として使ってもらうようになっていたそうだ。


談話室のソファでうなだれているナナセの話を
コウメイとキノは真面目な顔で聞いている。
ナナセの目の前のガラス机には今朝の新聞が置かれている。

その新聞には「暁国以外の炎熱羊、ほぼ絶滅の見込み」という内容の
記事が載っていた。


「・・・僕は皆に流されて此処に来たわけじゃありません」
「僕も含めて皆・・・このままじゃ駄目だと思ったから、此処に来ました」

「きっと、炎熱羊全体の為になるとも思って、此処に来ました」
「だけど、その炎熱羊そのものが、いなくなってしまうかも・・・」

「シャンヤンの過激派の反・炎熱羊の団体が・・・本腰を入れて密猟しにやってきたら・・・」
「暁国の人達だって、とても危険だ・・・」
「・・・僕だって死亡プログラムを使われたら、勝つ事はほぼ不可能だ」

「・・・でも子供を一人二人逃がす事くらいなら、できるかも・・・」
「できなくても、仲間の為に何もしないなんて・・・」

「・・・僕は赤羊だって炎熱羊だって好きなんだ。でも・・・」


ナナセは拳を握り締めて泣いている。
キノが気遣わしげにその拳の上にそっと手を重ねた。


「・・・」
「そこは君が自分で決めなければならない」


「君の言う通り、人間が主導している以上、駆除してる連中に徹底的な悪意でも向けない限り・・・」
「専守防衛では・・・」
「君とて、大した守護者にはなれないよ」

「だからこそ、君が決めなければ・・・」
「君は、先制攻撃をしかけるような気は無いのだろう・・・?」
「少し付き合ったから、なんだかそんな気がする・・・」

「僕も、シホに手紙を送るのと並行して、炎熱羊に対する正しい理解を促す論文や」
「書物として出版する為の文章を書いているのだけれど・・・」
「間に合わないかもしれない・・・」


「・・・間に合わない可能性の方が高い」


コウメイが淡々とそこまで喋り、
ナナセは上目づかいにコウメイの方を見る。



「・・・僕が生きてる間にも、何種類もの生物が地球から姿を消していきました」
「『淘汰』されたんです」

「他の生き物が、より繁栄する為に邪魔になったり、捕食されたり、運が悪かったり・・・」
「そんな理由で」

「それは仕方がない事です」
「皆、必死に生きた結果そうなったんなら、苦しくてもその現実を受け容れてると思う」

「・・・」
「・・・でも、僕は・・・なんだか『好きな人』の『悪意』で消されてしまうような感じがして・・・」

「なんだか具合が違う感じがするかな」
「本当は人間の事も好きになりたかったんです」

「でも・・・」



ナナセの目からまた涙が零れ、うつむいてしまった。
コウメイはナナセの頭に手を置いて、首を振る。


「・・・どんな生き物にも適材適所の価値があると思ってる・・・」
「どんな人にも適材適所の価値があると思ってる・・・」

「自分の価値をよく見極めて、相応しい場所に落ち着いて・・・」
「安定する事が、誰にでもできると思ってたんだ」

「社会不適合者だって、諦めなければ、自分の価値を見つけられるって思ってる」
「でも、こうして悩んでる間にも、動物も人も、どんどん淘汰されていっている現実がある」

「僕は自分の種そのものが地球から居なくなる日まで・・・」
「適材適所の価値を・・・信じていられるだろうか・・・?」



ナナセが俯いたまま、ポツリポツリと言葉を重ねる。

キノもコウメイも、事態が此処まで進行してしまって、
打つ手を考えられないでいた。













第十六話「コミュ力不全の剣士」(中編)





ミナシタ・ゼツは、アジトに着いてから3カ月が経とうかというのに
一度も合同練習に参加した事が無い。

ミナシタ・フミキが「ゼツさんは外の人気が無い所で鍛錬しているようです」と言っていたので
あまり問題にはなっていなかったが、他の者達の一部は彼の協調性を疑っていた。


当人のゼツは地下道を通って人里離れた山奥で
内なる自分を見つめて刀と語りあったり、
剣を振る動作をしたり、思い思いの仕草で
自分の中の何がしかを高める作業に没頭していた。


ビョウドウイン・ムスイは最初に見かけた頃からゼツに興味を持っていたが、
他のメンバーとの協調に時間を割く事を重要視し、
毎回、合同練習に参加し、不出来な者への指導も積極的に行っていた。

集まった者達全員と満遍なく交流し、自分の有能さを覚えさせ、
好印象を植え付けた。

ムスイはそういう作業を厭わない所に特徴がある赤羊であった。


赤羊全体の特性上、そういう作業は彼ら全員にとって苦痛を伴ったが、
ムスイは連帯を強めておく事に、苦痛に勝る利点(メリット)があると思っていた。


コミュニケーションの重要性に気付いた所で、
「じゃあ、コミュニケーションを大事にしよう」と意気込んで
実行できる赤羊は、極めて少数である。









アジトに到着して3カ月経った今、
アジトのゼツ以外の全員と十分な連帯を作り出したムスイは

ついにゼツの修行場所を探し始めた。


ミナシタ・フミキからゼツの趣味嗜好と歩いて行く方向を聞き出して、
山中を歩き回り、樹齢の高そうな巨木にもたれて、書物を読んでいるゼツを見つけた。

彼の周囲は野原になっていて、動き回るのに適している感じだ。
かなりの山奥なので、人間に見つかるような心配は無さそうだ。
山の小鳥が一羽、ゼツの肩にとまって囀っていたが、彼は気にかける様子も無い。


ゼツは薄く目を開けた状態で居て、ずっと前からムスイの接近に気付いていたようだ。
しかし、本の文字列から目を離すような事はしない。


ムスイはソレを見て、ニヤニヤしながら遠慮せず野原を進んでいき、
10メートルの距離で立ち止まった。



ゼツの眉間に筋があらわれる。
ムスイはゼツが読んでいる本の名前を読む。


「五輪書 火の巻」と書かれていた。



ムスイはマフラーを下にずらして、話しかける。

「こんな所でも人が通らないわけじゃないだろ」
「あんまり感心できないな」
「昔から一匹狼なんだろうけど」



ムスイは目を薄く開けてゼツを射止める。
ゼツは目だけでムスイを見て、不機嫌さで顔を歪ませる。


「狭っ苦しくてやってらんなかった」
「落ち着けねーし・・・」
「あんな狭いのに人が密集してて」
「頭に毒だった」


ゼツは言い訳をつらつら並べた。
ムスイはニコニコ顔に戻って言葉を続ける。


「フミキ君に聞いた通りだよ」
「本は基本読まないけど、ソレだけは読むんだってね」

「宮本武蔵・・・?」
「尊敬してんだね?」

「いや、俺も『バガボンド』なら読んだ事あるけど・・・」
「ちょうどゼッさんみたいな雰囲気の主人公が・・・」


「用が無いなら帰れ」



調子良く話を続けるムスイに対して、ゼツが冷たく言い放った。


「あと妙なアダ名で呼ぶな」


そう言い加えると、何事も無かったかのように
書物に視線を戻す。


ムスイは「失敗したな」と思ったが、あえて失敗を続けてみる事にした。



「うーむむ」
「そう!ソレだゾ?!」


「その『俺にこじ開けてくれと言わんばかりのココロの閉ざし方』よ!」
「そういうの見てるとムラムラします!」


ムスイの言葉でまたゼツが苛立って視線を上げる。



「知ってるゾ?」


「ヤりたいんだろ?俺と」



ムスイはマフラーを放り投げて、目でゼツを挑発する。



「俺だって大惨事の前に、技の刃を研いでおきたいんだゾ?」
「アンタみたいなギラギラよく斬れそうな刀でなァ」


「経験値が上がれば上がるほど、俺の勝率は上がる」
「俺にとって俺の勝率ほど大事なモノは無い」


「数え始めてから100パーセントだ・・・!」
「その本の著者もそうなんだったっけ・・・?!」


「やっぱ世の中、勝てば官軍じゃん」
「『勝ち』という結果を重ねれば、いずれ人の記憶に刻まれるだろう」
「負ければその逆。忘れられる」


「俺は歴史に名を刻みたいんだ」
「ソレが此処に来たモチベの大きなモチベを占めてるんだゾ?」


ムスイの容赦無い挑発は続く。
ゼツはもう思いっきりムスイを睨みまくっていた。



「悪いけどさァ」
「俺は他人と強調するけど」
「根っこには利己しか無いんだよね」


「アンタみたいなコミュ力不全の輩は本当に人生損してると思うよ」
「コミュニケーションが下手なのと同じで、戦いも融通が利かないから」
「いくら才能があったり鍛錬が足りてたりしても」
「俺には勝てないもん。今まで10割の確率で」


「真っ当に努力する輩より、プライド捨てて手段を選ばなくなった人の方が」
「何でも上手くいったりするよね。世の中さ」


「まぁ、それぞれの才能の程度によるけどさ」
「そういうのって、ホントにせつないよね」

「俺は自分の事、狡いだけの凡才赤羊だと思ってるんだけどさぁ」
「そんな俺に此処で戦って負けたとしたら」
「アンタはアンタでせつないだろうね」

「なんだかんだ言って、プライド高そうだからな。アンタ」


ゼツが瞳から怒りの色を消し、
冷静な面持ちですっくと立ち上がった。



「でも俺は悪党だから、アンタの気持ちなんて考えないゾ?」
「今此処でアンタに勝負を申し込む」



「どうもフミキ君は俺よりアンタの方が強いと思ってるみたいだし・・・」
「俺も本当にそうなのかどうか気になるから」




「まァ、俺が勝つだろうけどね」




ゼツが大きく溜息をついて、つま先で数度、大地を叩いた。


















第十六話「コミュ力不全の剣士」(後編)







「・・・別にココロを閉ざしてるわけではない・・・」
「ただ人と馴れ合うのが苦手なだけだ」



落ち着いた口調でゼツが言葉を返す。




「へぇ。意外と素直に答えてくれるじゃん」



ムスイは顔を綻ばせる。




「『勝率』を大事にしてると言ったか・・・?」
「『歴史に名を刻みたい』とも・・・」



「『名前』と『結果』が大事か・・・」
「参考にまで言っておくが、俺はテメーとはタイプが違う」



「『歴史に名を刻む』ってのは『どれだけ人に評価されるか』って話だろ?」
「それか『どれだけ人に覚えていてもらえるか』って問題だ」



「俺は確かに慣れ合いは苦手だが、ソレで悲しいと思った事は無い」
「なにしろ、自分にしか興味が無いからな」


「慣れ合いが苦手な俺でいられて良かったとさえ思っている」
「人と交わらない分、必然的に人の事をあまり考えないで生きられるだろう?」


「俺の興味はただ単に己の剣の道を究める事にある」
「俺が俺自身を具に見つめて、研究し尽くす事にある」


「俺が興味がある世界に『俺』以外の登場人物はいない」
「よって『他人の評価』『他人の記憶』など、俺にとってはどうでも良い事」


「俺を見ているのは『俺』だけで良い」
「俺が『俺』に満足できればソレで良いんだ」


「抽象して言うと、『可能な限り、綺麗に飛びたい』『可能な限り、綺麗に斬りたい』という理想を持っている」
「自然界に存在する『理』を追求し、俺だけが発見できる合理を求めて道を歩く」


「いつか朽ちて死ぬまで・・・」
「ソレが俺の人生だ」


「他人に振り回されるのが一番嫌(きれ)−だ」


「『残る結果』に囚われてるテメーと」
「如何に自分で自分の武の為に生きた過程に満足できるかを追求してる俺とは」
「違うんじゃねーかなって話だよ」


「『どっちが良いか?』って話にはまるで興味がねー事を理解しろ」

「俺の世界には『俺』しかいねーんだからな」


「まぁ、戦ってやるけど、負けてこりたら、二度とかまうんじゃねー」



ゼツは冷静な口調で説明し続け、ついに背中の大刀に手をかける。
ムスイは予想外に長い台詞を吐いたゼツを見て、驚いていた。



両掌をゼツの方に向け、おどけたジェスチャーをする。



「あ・・・ああ!俺だって俺の俺らしさは俺の中だけで通用すると思ってるけどさ・・・」
「コミュ力不全の割りには、自分の事を喋るのは得意なんだな!」


「自分の事だけを考えてると、自然とそうなる」



ゼツが素早く言葉を返した。
ムスイは狼狽して「ひゅうっ♪」と口笛を吹く。


「なるほど。でも、そうかぁ?」
「本当にアンタは馴れ合いが苦手なのかな?」


「長い人生なんだし・・・」
「自分の世界を広げてみるのも楽しいと思うゾ?!」



「戦ってやるが、お喋りをするつもりは無い」



また素早く言い返しながら、ゼツが大刀に力を込める。



「あーん!もう!」

「俺はもっとアンタと理解を深めたい気持ちになってきた!」



ムスイは頭をかきむしるジェスチャーをする。
ソレを見て、ふっと微笑むゼツ。



「テメーがただ単に挑発してただけなのは知ってんよ」
「だが馴れ合うはつもりは無いし」


「憎さ余って、殺しちまうかもな」




ムスイの顔に冷や汗が滲む。




「・・・ええい、まぁ、良い!」
「付き合いの始まりは、自己開示から始まるんだ!」




「『綺麗に飛びたい』ってのたまってくれたな・・・」
「純粋な人なんだと思う。アンタは」


「剣の道ってゆーの?そういうのに一途で」
「自分の馬鹿さ加減を知ってるから、他人を巻き込みたくないと思ってるんだろ?」

「俺のような違ァーう」


「俺は『俗』に染まる事で姑息に勝率を上げてきた凡人だ」


「主要精神エネルギーは『俗悪力(ブラック・ブラック)』という・・・フフフ」


「ゲバ棒型エニグマ、『造反有理』・・・!」



ムスイの言葉と共に、彼の掌の中から突如としてグリップのついた金属の棒がはい出してきた。
小型化していたエニグマが巨大化したらしい。

ゼツは眉一つ動かさない。



「アンタはきっと、何だかんだ言って、純粋に道を極めようとしてる『綺麗な』自分が好きなんだろ?」
「そんな自分だからこそ強くなれると思ってるだろ?」


「俺の考えは逆でね・・・」


「人は綺麗な自分の道を信じて歩み続ければ強くなれるわけじゃなくて」
「自分の道を捨てて、『俗』に染まり、泥水すすっても強くなろうと決心できるような」


「『ココロの強さ』を持った時に・・・!」
「その強く悪しきココロを持ち続けた時に・・・!」



「『綺麗』とか『恰好良く』とか、そういう温い事考えてるナルシストな連中を駆逐できる程の・・・」
「『強さ』を得る事ができるんだ!」


「社会を生き抜く図太さを!」


「泥に塗れる勇気を・・・どれだけ持てるかが勝負の鍵を握ってる!」
「アンタはプライド捨てた凡人である所の『俺』という『名前』の前に・・・平伏す!」



「ドーン!」



自分で効果音を発しながら、ムスイは人差指でゼツをポイントした。
それを見てゼツは苦笑する。




「社会に・・・世界に敗れた負け犬の遠吠え」
「俺には関係の無い世界の話」



「確かにテメーの実力には少しばかり興味があったが・・・」


「ご生憎様・・・人柄にはとんと興m・・・」



       
     ザシュッ!!!




その時、鋭い音を立ててゼツの右頬から鮮血が迸る。

ゼツは瞬時のバックステップでほとんど避けたが、彼の目の前の地中から刃付きの触手が
猛スピードで彼の顔を狙って飛び出したのだ。



ゼツが頬を押さえながらムスイを見ると、ゲバ棒を持っていない方の手が
後ろに回っている。


彼は自分の背後に隠して、よく伸びる触手エニグマを地中に伸ばし、
そのまま進ませ、ゼツの虚をついて攻撃したのだ。




「・・・死にたいんだな?」


ゼツは殺気を飛ばしながら呟く。

ムスイはウインクしながら、掌を縦に立て、「すいません」のポーズをとる。


「あー、ゴメン!俺もたった今、アンタとのお喋りに飽きちゃった所!」
「今のでアンタとおさらばできてたら良かったのに、残念無念、また来週ーだナ!」


ムスイは一層ニヤけて、ゼツの神経を逆撫でする。




「・・・無頼力(ブライ)・・・」

「・・・と・・・意志力(マイパ)・・・」




ゼツはもう多くは語らず、大刀を抜いて力を込めた。
辺りに言語に絶する黒い妖気が充満していく。





「綺麗に生きてて、残せる『名』なんて・・・今まで何処にも無かったんだぜ・・・?」




ムスイは邪悪な笑いを浮かべて、眼前の相手を再度嘲笑った。










(続く)










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