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第十五話「道の途中を生きる者 さらに道の途中を生きる者」

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第十五話「道の途中を生きる者 さらに道の途中を生きる者」(前編)




アジトに辿りついて一週間くらい経った頃、
プラトとムスイは食堂で休憩中に「ジュダー・カタコンベ」という男性に出会った。


年はプラト達より1つ2つ上なようだった。
金髪を整髪剤でキッチリ七対三の割合で分け、
眼鏡をかけていて、ソバカスがある。
目と鼻が小さく、服装はどこにでもありそうなスーツである。


体育室で動きを見ている限り、そこまで弱くはなさそうだったのに、
どうもオドオドした印象が拭えなかったので、ムスイとプラトで話を聞いてみる事にしたのだ。
ジョッキのビールを3つ持ってきて、三人で飲みながら話す。



「ハハハ・・・。目立たないように気をつけてたんですけど・・・。なんか気分を害しちゃいましたかね?」


ジュダーは後ろ頭を押さえながら、照れくさそうにした。


「害してないけどさ」
「なんかオドオドしてたから・・・」

「なんか未練とか心配事とか抱えてんのかと思ってさ」
「もっと気合い入れたら良くなりそうだったからさ」

「どうしようもないくらい心配事があるんなら、降りても良いよ?」


プラトがジュダーの目をじっと見つめながら言った。
ジュダーはすぐに目を反らす。


「あの・・・すいません」
「やっぱり気分を害されたようで・・・」

「でも、私も強い理想を持って此処に来てるわけでして・・・」
「カラダが拒否してても、何とか皆さんと一緒に戦いたいです」

「可及的速やかに腹を括りたい所存でして・・・」


ジュダーは目を反らしたままで、少し冷静に話しだす。


「どんな理想を持ってるの?聞かせてよ」


ムスイが何の含みも無い笑顔で言った。

ジュダーは拳を顎に当てて、逡巡した後、意を決して話しだす。


「・・・私には一人息子が居まして・・・」
「女房も赤羊なのですが、自由奔放な性格で『来たくない』って言ったから、連れて来なかったんですが・・・」

「それで、その息子がですね・・・」
「恐ろしく強い赤羊なんです」


「ほほう」


ムスイが目を見開いて相槌を打つ。


「・・・何故、私などの息子があんなに強いのかはよく分からないんですが・・・」
「精神エネルギーの判別師の方に調べてもらいました所・・・」
「息子は覇気(エンペルト)とかいう精神エネルギーに目覚めようとしている・・・などと、のたまっておりましたが・・・」


「はて・・・私はそのようなエネルギーは聞いた事もありません」
「少しググっても見つからなかったので、結局よく分からないのですが・・・」


「とにかく、今は『なんだがよく分からないけど、私の息子がこんなに強いわけがない』といった事しか言えない状況で・・・」
「適切な教育を施せぬままに放置していて・・・」


「そして急速に成長した私の息子は3歳から経営学を勉強し始め・・・」
「今では私よりも全ての能力で優った存在となってしまいました」


「そして、性格はどんどんタカビーな方向へ伸びていきまして・・・」
「叱ろうにも、親が私では言葉に説得力がありません。何しろ息子の方が遥かに才能があるわけで・・・」


「そんな息子ですから、自我が出来上がるよりも前から、私の事を容赦なく馬鹿にしてきました」
「『無能』だ『不能』だと毎日、散々言われまくったあげく・・・」


「同じようにタカビーな、私の女房もフォローにならないフォローしか、私に与えてくれません」
「私は絶望しました。元々、絶望的だったのが、息子の登場で更に地獄になったかのような状態でした・・・」


「息子が馬鹿にしてるのは私の『能力』だけではありません」
「卑屈な非積極的な姿勢。事なかれ主義。目立ちたくないと思う精神の傾向。我を殺す事を美徳とする感性」
「全てをココロの底から馬鹿にしてきます・・・」


「思えば、息子は生まれた瞬間から私を反面教師として育ったのかもしれません」
「私の惨めな姿を見て、私のようにはなるまいと、私と正反対の方向へズンズン進んでいったのかも・・・」


この辺りで、ジュダーの目に涙が滲み始めていた。


「・・・もし、私を反面教師としたおかげで、息子の能力がありえんくらい高まったのだと考えると・・・」
「悔しいけれど、いくらか救われる気持ちもあります・・・」


「・・・」
「・・・けど・・・」


「やっぱり悔しいんですよ!」


ジュダーが勢いよく、ジョッキを卓上に叩きつける。
ビールがプラトの顔に少しかかったが、彼女は微動だにせず、ジュダーの目を見つめていた。

ムスイも笑うのをやめて、真面目にジュダーの話を聞いている。



「・・・」
「あなた達の考えはどうか存じあげませんが・・・」


「私は『生まれ持った能力の差』というモノは・・・幾分、動かしがたいモノがあると思います」
「特に息子を見るにつけ・・・ありゃ親の欲目とかそういうのじゃなくて、『天才』に相違ありません」


「私は天才が僕の息子である事に誇りを持っとるのです」
「・・・だからこそ、息子の為に何かできないかと、馬鹿にされているのを知りつつ、探していました」


「・・・そして、孤島の城の街に住むナハトゥムという男の伝手で、フェリーツェ・コネクションの事を知りました」
「基本的に、息子は私の手を借りずとも、大きく羽ばたいて世に出るような・・・そんな人物だと思っておりますが・・・」


「でも、私が命を懸けて、生きる姿勢を示せば、何かを感じ取ってくれるのではないかと考えたのです」



ジュダーの目にキラリと光る輝きが宿る。



「そうでもしなけりゃ、私は息子にとって、少しでも『価値ある存在』で居られないと思うんです」
「私も、息子に胸を張れるような『何か』を、私の中に宿したい」


「・・・皆さんのように、理想を掲げた人々と共に全赤羊の為に戦い・・・」
「雄々しく死ねたら・・・息子は少しくらい、私の事を見直してくれるんじゃないかと思って・・・」


「そして、私自身も、私自身に対して、もう一度誇り(プライド)を持てるようになるんじゃないかと思って・・・」
「多分、ソレは死ぬ間際・・・の事ですが・・・」



ジュダーは話し終えて、またジョッキのビールを一口飲んだ。

ムスイとプラトは少しの間、真剣な表情を崩さなかったが、
ほどなく、プラトがニマッと笑った。


「なるほどな」
「殊勝な事じゃないか」
「応援するよ!何か手伝ってほしかったら言ってくれ!」


「親って大変なんだなぁ・・・」



プラトとムスイがジュダーの肩を代わる代わる叩く。



「・・・しっかし、話を聞くだけで、なんか嫌んなる息子さんだなー」
「勘違いも甚だしいな」
「子供が親を敬わないとか、ナシだろ」
「カラダが空いてたら説教してやりたい所だ」
「流石に今のアタイよりは弱いだろうし・・・」

「プラト。はっきり言い過ぎだ」


プラトとムスイのやりとりを聞きながら、
ジュダーは少し肩の荷が降りた顔で笑っていた。



「覇気(エンペルト)・・・ですか・・・?」


突然、後ろから声をかけられてジュダーは驚愕の顔を作る。
振り向くとトウメ・コウメイが立っていた。



「失礼。ずっと聞いていました。」


同じようにビックリしているプラトとムスイに目配せして、コウメイは謝った。


「その子は、本当に我々の次代を担う子になる可能性が高い」
「その子が凄く見えるのは、ジュダー氏の親の欲目とは何も関係が無いと思われます」
「力の使い方さえ間違えなければ・・・」
「そう・・・。きっと、その子にとっては『ソレ』が一番難しいのでしょうね・・・」


「ジュダー氏は理解しているのでしょう。その子は自分より弱い存在に興味関心を示しにくいのでしょう」
「たとえ実の親だとしても・・・」
「『強い自分』に過剰に価値を見出し過ぎているのではないかと思われます」


「そういう子の感情を動かす為に、同じ土俵の上で、行動によって自分の姿勢を示す・・・」
「素晴らしい教育だと思われます」


「そして、その子には、ジュダー氏がそこまでしてあげるだけの価値はあるように、僕には思えます」


コウメイの話を聞いて、しばらくポケーッとしていたジュダーだったが、
やがて意識を取り戻し、顔を崩して、毒気の無い顔で笑った。


「やめてくださいよ。お墨付きが貰えて嬉しいですけど・・・」
「弱くても強くても、私は息子が大事ですから」

「価値なんて変わりはしませんよ」


コウメイの右眉が上がる。そして少し恥ずかしそうに眼を背ける。


「失礼。それはそうだ。厭らしい言い方をした事についてお詫びします」


そして「コホン」と咳払いした。
プラトもムスイも顔を崩してジュダーを見ている。


「ジュダーさんの主要精神エネルギーは何なんですか?」


プラトが自然な調子で尋ねた。
ジュダーは少し驚く。


「私?息子じゃなくて私ですか?」
「・・・嬉しいなァ・・・。世界のプラトさんに気にしてもらえるなんて・・・」


「博愛力(フィアット)って言います」
「自分のプライドを低く保って、なるべく全ての人と、同じように接しよう・・・という気持ちから生じるらしいです」
「女房には『あんまりリアルじゃない力だよね』って馬鹿にされてるんですけど・・・。息子にも然りで・・・」


プラトの顔が大きな花が咲いたように笑顔になる。


「気に入ったな!あーた!」
「オドオドしてても漢らしいじゃん!」


そう言ってヘッド・ロックの要領でジュダーを抱き締める。
ジュダーは汗をいっぱいかきながらもがいていた。


(プラトは純粋な好意を、気に入った人に素直にぶつけられるのが偉い所だ)



コウメイと一緒に二人を見ながら、ムスイはそんな事を思っていた。
















第十五話「道の途中を生きる者 さらに途中を生きる者」(中編)






アジトに人が到着するようになってから、3カ月くらいが経った頃。
おのおのが巨大な体育室で合同で鍛錬し、
お互いの理解を進めたり、フォーメーションを確認したりして、城攻めの時に向けて備えていた。


で、あるのに、アシハラ・アゲハだけは同じく地下にある研究室で何かの研究や自分の勉強に没頭していた。
もともと自由な女性であったが、今回の行動ばかりは、自由を通り越して不条理であった。


プラトは何故かこの時だけは気を遣ってしまい、何故、そんな事をしているのか聞かなかった。
アゲハは最も頻繁に地上のフェリーツェとコンタクトをとっており、
何かの助言を得ているようだった。


そんなアゲハのミナシタ・フミキが興味を持ったので、
モリベ・ナナセと共に、コーヒーを差し入れに持っていくついでに、
行動の真意について聞いてみる事になった。







研究室には、「ブーン」という機械音が響くだけで人影は無く、
勉強室に行くと、部屋を薄暗くし、蛍光灯を点けた上で、
机に本を山積みにした上で、せっせと羽ペンを走らせているアゲハの姿があった。


ナナセは他の人々と自分の毎日の運動量の事を思い出して、
「こんな時に何をやってるんだ、この人は・・・」とゲンナリした表情を作った。


一方、フミキは動きを止める事なく、アゲハの隣まで歩いて行った。
そこでやっとアゲハは二人が部屋に入ってきた事に気づく。


「あらまぁ、フミキ君じゃないの。お姐さん、没頭しすぎて粗相を働いてしまったわ」

「いえ、アゲハさんが疲れているかと思って、コーヒーをお持ちしました」

「まぁまぁ・・・」

アゲハは普通に感動したような顔で、カップを受け取って、少しだけ啜った。

近くで見るとアゲハの眼の下にクマができていて、表情が虚ろだ。
寝不足の症状だと思われる。

眼の焦点が合わない状態で30秒ぐらいグラグラした後、


「・・・まさかフミキ君が淹れてくれるコーヒーがこんなに美味しいとは思わなかった・・・」
「形の美しいクリーチャーは何でもこなしてくれるモノなのね・・・」

「デキる男は何でもデキるモノなのね・・・」
「お姐さん、死の間際にとても大切な真理に辿り着いたわ・・・」

「淹れ方を教えてほしい・・・と言いたい所だけど・・・」
「物質世界とも、もう少しでお別れだから、我慢するわ」

「この力をあなた固有のモノだと考えて・・・もっとあなたの価値を感じていたい・・・」


眠そうな表情を保ちつつ、うっとりしてアゲハはそんな事を言った。
フミキは微笑して、少し首を傾ける。


「俺はテレビや映画やネットは見ていたけど・・・それでも、とてもクローズドな世界を生きてきたんです」
「だから・・・じゃないのかもしれないけど・・・アゲハさんみたいに勉強や研究が好きな赤羊に会ったのなんて初めてで・・・」


「そうですよ。此処でまでKYを発揮してないで、合同練習に参加した方が良いんじゃないかと思うんですけど・・・」


ナナセが割って入ったからか、アゲハは眠そうだったのに、一瞬で鋭利な刃物のような視線をナナセに向ける。


「フミキ君とウチの話の間に割って入らないでくれるかな?」
「・・・そりゃ、ウチが二人居たら、ウチも合同何ちゃらに参加してるけど・・・」

「現実がリアルになるにつれて、お腹の底からズンチャカやりたい事が湧き出してきて・・・」
「いてもたってもいられなくて・・・」

「で、そんな煩悩を宥める為に毎日、机に向かいーの。フラスコ振りーの・・・」
「・・・って、浮世に居た頃と同じか。ソレは」

「てへッ(はぁと)」


アゲハは舌を出してウインクしながら、自分の側頭部を拳でコツンと可愛らしく叩いて見せた。

それを見て、ナナセは寒気を覚えた。
もう25になろうかという女性なのに、眠気とフミキの存在が何かを狂わせているようだ。


「イイですね。なんだか素直に尊敬できます」
「そういう人が居るかも・・・って想像した事はあるけれど・・・」
「やっぱり実際に見てみると、色んな事を学べるようです」


「此処に集まっている赤羊はフェリーツェさんが集めただけあって・・・」
「とても面白い人が多いように感じます・・・」
「アゲハさんはその中でも特に・・・」


フミキの言葉を聞いて、アゲハの眼が潤みだし、何かを感じているような兆候があった。


「・・・フミキ君は、向学心があって・・・何かを探して学んでいる途中なんだ・・・」
「まだ道の途中なんだね・・・」
「ふぅん・・・」

「・・・もっと色々教えてあげようか?」


そこでナナセは危機感を感じて、フミキを引っ張って入口まで引き返した。


「気持ちが固いのは分かりました」
「この子も大事な人的資源ですので、アゲハさんから変な影響を受けさせない方がベターです」
「では、勉強と研究、頑張ってください」


ナナセは爽やかに手を挙げる。


「あ、フミキ君。コーヒー、本当に美味しいわ」
「明日から毎日・・・午前8時、正午、午後8時の3回、此処に淹れて届けにきてくれないかしら?」


アゲハがイケシャーシャーと流し目でそんな事を頼む。


「巫山戯ないでください。自分が勝手な事するだけでもアレなのに、この子に無駄な時間を消費させる気ですか」

「無駄じゃないわ」

「ええ。良いですよ。アゲハさんの話も色々聞きたいですし・・・」


ナナセの抗議も空しく、フミキは承諾してしまった。
アゲハは眼だけで「キャッキャッ」と喜んで、優雅に手を振って見せた。


「ウチよりも、そこの角頭君の方が、あなたに悪影響を与えると思うわ」
「その子は『純情』というシールドを纏った、ただの不能者だから」
「若僧共はね、うじうじ悩む前にソープに行くべきなの」
「あなたの悩みだって、きっと・・・」


「そんな事言われて怒らないのは僕だけですからね」


ナナセがアゲハの言葉を受けて、多少キレ気味に言葉を返す。


「あと、大丈夫だよ。本番では少しは役に立ってあげるから・・・」


アゲハの言葉を後ろに受けながら、ナナセはフミキを引っ張って部屋を後にした。


「待ってください。俺は『何の研究をしてるのか』聞きたかったのに・・・」

「コーヒーを次に持っていく時に聞いてほしい。僕、なんかもう、怒っちゃいそうだよ」


フミキとナナセがそう言葉を交わすのが、ドア越しに微かに聞こえてきた。














第十五話「道の途中を生きる者 さらに道の途中を生きる者」(後編)






体育室は何個も設置されていて、個人で鍛錬しても良いし、複数人で組み手をして
お互いを知り合うのも良いとされている。

あまり外部には出ないのが良いには違い無い。


ムスイ達が到着してから3ヶ月ほど経った頃には、
トウメ・キノの剣士としての異才っぷりが皆に伝わりきる事になっていた。


高水準の実力を誇るミナシタ一族の者達を相手に一歩も引けをとらない・・・
どころか、一対一なら、そのほとんどに打ち勝つ事ができる程であった。


何故、それ程の実力を有す事ができるようになったのか、理由は定かではない。








その日も、キノはミナシタ一族の者2人を相手に、余裕を持った剣舞を見せていた。

キノの足元を飛んだり跳ねたりしながら、高速で移動する
小さな雪ダルマ型エニグマ「サマーズ・スノウ」が自由に変則的に空気中の水分を凝固させ、
ミナシタ一族の二人に思ったような動きをとらせないように活躍している。

ミナシタ一族の二人は、一人は黒いローブに逆立った銀髪の男。
もう一人は同じく黒いローブに眼を隠すほどの黒髪を持った男であった。


雪ダルマの動きは半分オートだが、半分はキノの脳波と連動しているらしい。
便利な道具だが、その分、キノは戦っている最中に気を散らせる必要があるわけだ。

キノのインテリジェンスな頭脳があればこそ可能なトリッキーな戦法なのだろう。


体育室の端っこで、コウメイと並んで座ってキノ達を観察しているフミキは、そう思った。

戦っている二人の事もフミキはよく知っている。
キノが戦う事よりもコウメイとの静かな暮らしの方に活力を注いでいた事も話に聞いた。

「色んな強さがあるんだ」・・・と至極呑気に感じ入る。

そして、本当に此処に来て色々な発見があった事を思い返す。

世の中の何もかも知っている・・・なんて思った事は無かったが、
「自分はまだ何も知らない・・・」などという事はあまり考えてこなかった。

「世界の中の自分」にあまり興味が無く、どちらかというと「自分の中の自分」に興味を持って生きてきたのだ。
アジトに来る前は、その事すら、意識に登る事は無かった。


「若いね。君は」


横のコウメイに突然話しかけられて、フミキは目線を彼の方に向ける。


「聞いたよ。死に場所を求めて此処に来たって」
「あまり耳に優しくない事を言うんだな」

「青春の狼は手強いか?」


コウメイが奇妙なワードを使うので、フミキは怪訝に思う。


「何ですか?青春の狼というのは?」



フミキがそう尋ねた時、二人のミナシタ一族がキノの前から退いて、
アマーリア・ブレイクスリーという名のゴス服の淑女がキノの前に代わりに立った。

アマーリアの周囲には粘液のようなオドロオドロしげな邪気が漂い、
キノが少し身を引き締める感じが伝わってきた。

二人はすぐに戦い始める。
キノは二つの刀を持ち、アマーリアは瞳を持った大鎌を回転させながら
優雅に振るっている。


まるでダンスを踊っているかのような優美さを、二人は醸し出した。
アマーリアが明らかに、前のミナシタ一族の二人より格上である事を窺わせる。


「君は、どう控え目に見積もっても、悩み多き青年だろう?」
「思春期は誰でも悩むのが正解だからな」

「・・・僕は野生動物の保護や観察も仕事の一部なんだけど・・・」
「彼らは、思考する能力が乏しい」
「未来を勝手に想像して希望を抱いたり、勝手に絶望したりしない」
「過去を思い出して、ほんわか気分になったり、後悔の念に支配されたりもしない」

「ありのままの現実を、自然に受け止められるんだ」
「人間も赤羊も、最初は・・・幼児の頃はソレに近い能力を持っている」
「頭の中に未来を想像する材料も無いし、経験も乏しいしな」

「そして、大人になれば人は自分の仕事・・・『役目』を獲得する事ができるだろう」
「社会の中での生きる席を確固としたモノとして獲得し・・・」
「自分が何者であるか・・・きちんと自覚できるようになる」
「幼児の頃と較べて、随分、自然・・・野生動物と遠い所まで来てしまったけど・・・」

「大人の人間や赤羊は、大人の人間や赤羊で、きちんと安定する事ができる」
「人の幼児、或いは野生動物・・・それと、大人は、こういう意味で、きちんと安定できている存在だと言う事ができる」

「・・・」
「そこで、問題となるのが、その中間の年代の人々だな」

「謂わば、野生動物と社会的な人間の、中間に位置する人々」
「彼らはとても不安定な存在にならざるをえない」


フミキは澄んだ目で、コウメイの話を聞き続けている。


「快楽に従い動き、自分の子孫を繁栄させる事を最優先にして動く、野生動物達」
「でも僕達は、今の人間社会でそのような生き方を選びにくい」

「ちゃんと自分の思想や価値基準を持てて、自分を知り、仕事を持てて初めて一人前だ」
「そこに至るまでの途中の段階・・・」

「その不安定な段階においては、君だけの話じゃなく、死の影がつきまとうモノだ」

「見たところ、とても生真面目な人格を持っているようだね」
「やはり、少し危険だと思う」

「君が不安定な状態の時を狙って、君を死へと誘う架空の化け物・・・」
「人という存在の中に初めから存在しているバイアス・・・」

「ソレを『青春の狼』と表現した」


コウメイは少し目を細める。
フミキは真面目な顔を崩さないで、少し静止する。


「・・・とても大きな視点で俺を見てくるんですね・・・」
「俺は、自分のやりたいようにやろうと思ってた」


少し笑って、フミキは話す。


「これから、時間が経つにつれて、どんどん外の世界の事が気になりだす筈だ」
「意識に上ってくる思考だけが、君の全てではない」

「常に君の脳は働き続け、外部の情報を取捨選択し続け、演算を継続する」
「いつの日か、君の脳は今と全く違った答えを導き出すかもしれない」

「・・・」
「・・・というか、それが普通だよ」


フミキは前に向きを変えて、違う言葉で似たような事を言っていた
ミナシタ・ユウの事を思い出していた。


「・・・青春の狼ですか・・・」


そう呟いて、目を空中に泳がせていた。
そこへ、休憩する為にと、さっきまで戦っていたキノが歩み寄ってくる。


コウメイがボトル入りの緑茶を放って投げて、キノはソレをキャッチする。
フミキはそこで少し頭を切り替える。


「お強いですね。清楚な外見なのに、驚きました」


フミキの言葉を聞いて、キノはくすくす笑う。



「見直してくれたのなら・・・嬉しいな」
「あなたも、私とヤらない?」



キノは少しだけ首を傾ける。
離れた所に、アマーリアが遠ざかっていくのが見えた。
疲れた様子も見せていない。

フミキは少し笑う。


「コウメイさんのお話をもう少し聞いていたくて・・・また次の機会に・・・」

「ふられちゃった・・・」


キノは口を手で覆って、上品に笑った。


「・・・」
「君は・・・もっと色々な大人と言葉を交わした方が良いのかもしれない」

「『自分の世界が狭い』・・・とは言わないが・・・」
「世界への執着とか・・・他人への執着とか・・・」

「言葉で話してるよりも・・・ココロの中に・・・無いだろう?」
「足りないココロを、言葉で補完しているように見える」

「このアジトに居る内だけでもかまわない」
「・・・キノだって、僕とは違う人間であるし・・・」


無表情で横目でフミキを見ながら、コウメイは喋る。
フミキは目を細めて、


「そうしてみますよ」


と、ストレス無く返事した。

キノも座って、休憩するつもりらしい。


「あ、そうだ。キノさん。強い人と戦いたいんなら、ミナシタ・ゼツさんと戦ってみると良いですよ」
「多分、あの人が一番強いですから」

キノは素早い動作で小さく首を振った。

「勝てないのは何となく分かる。それに、私が壊れちゃいそう・・・」
「皆に自分の実力を認めさせようとしてるんじゃなくて、本番で少しでも役に立ちたくて、
 自分の中で自分を高めようとしてるだけだから・・・遠慮するよ」


フミキは愛想笑いで答える。

(さすが、賢明な判断だ・・・)

ココロの中で呟いた。








(続く)






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