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第三話「ひきこもりのユアイ」

ヤミヌマ家は代々続く、赤羊の家系である。
人里から離れた山奥に居を構え、
土着宗教のバラダキ教の総本山となっている。
家に生まれた男の子は大抵明るく朗らかで、
女の子は怠惰で非積極的、という謎の傾向がある。
そして、女の子のみは母親の身体から生物エニグマを受け継ぐ事があった。
それは何代も前の大脳特化型赤羊のエマ・オーミクスの自慢の最高級エニグマ。
当時、暁国の土着宗教を研究していた彼女が懇意になった
ヤミヌマ家の女に「強くなりたい」とせがまれ
面白半分でその身に宿させたモノだ。
そのエニグマの「ヌエ」は生涯、ヤミヌマ家の女の身体から
出て行く事はなく、成人した男の声で喋り、自立的に思考する。
動力源のもっとも主なモノは「虚力(ホロウ)」。
ヤミヌマ家の女が「なんか、つまんない」「この世は虚しい」「だるい」
などと、「この世の空虚さ」を感じた時に女の脳内で発生する
溜め込み式のエネルギーである。
ホロウが頭に満たされれば満たされるほど女は人生に対する
モチベーションを失い、気だるい情緒が思考を支配するようになる。
そして溜まったホロウは女とヌエが完全に一体化した状態、
「滅殺モード」となった時に発散される。
「滅殺モード」となった女とヌエは、
普段、修行していないにも関わらず強大な力を有し、戦場で最高クラスの力を得る。
そんなわけだが、時は現在。ヌエの宿主はヤミヌマ・ユアイという気だるい少女だった。

時は冬。ユアイは脳内のホロウに弄ばれ生きる活力を失い「ひきこもり生活」を
送っていた。自室の炬燵の中に下半身を入れて寝転がっている。
セミロングの艶やかな黒髪。切れ長で気だるい眼。黒い瞳。
寝乱れた紅い花をあしらった着物。部屋の中には暁国の伝統工芸のオモチャが散乱している。
その前日の夜は一人でスマブラをしていたがもう飽きてしまった。
テレビは好きではない。ニュースを見ていると虫唾が走る。
「世界と関わりたくない」。そんな想いがいつもチラチラ見え隠れする。
生き永らえても、増え続ける脳内のホロウに足を引っ張られるばかりだ。
夜中に耐え切れなくなって外に飛び出し
「滅殺モード」となり辺りのモノをコッソリ破壊し、気が沈むまで待っては
今度はエネルギー欠乏状態に襲われる。そんな毎日。
そんな精神状態になるように身体の中のヌエの作用が働いているのだ。
ヌエが居る事で自然とホロウが高まるように脳が働いてしまうという事だ。
ユアイの腰からヌラヌラした黒い手がゆっくり生えてきて炬燵の脇の
キャラメルコーンの袋を掴み、掌に開いた口からムシャムシャ食べだした。
ユアイは溜息をつく。
着物が汚れてしまっている。でも注意するのもだるい。
しょうがないので寝返りを打って手だけ出ているヌエを下にして押し潰した。
「痛いな・・・」
ヌエのしわがれた声が響く。
首筋からヌエの頭がゆっくり鎌首をもたげる。
鹿のような竜のような硬質なフォルムの頭に
昆虫のような目。その表面はテラテラと輝いている。
「テレビ観ようぜ。ユアイ。笑ってイイトモ、やってるぜ」
「御免、趣味の相違」
ユアイはだるそうに言葉を返す。
次の瞬間、ヌエの細い腕がユアイの腹から2メートルほどに伸びて
テレビのリモコンを掴んだ。
スイッチを押してテレビがつくと「笑ってイイトモ」が映し出された。
「お昼休みはウキウキウォッチン・・・」
ヌエが暗い声で呟く。
ユアイはしょうがないので溜息をついた。
「五月蝿いんだよ・・・」
枕に顔を埋める。
ヌエは何処吹く風でテレビを見ている。
それから30分が経過する。
ユアイは寝ようにも寝られない。
ヌエが集中している神経がユアイにも伝わってきているらしい。
迷惑なモノだ。
罵詈雑言を吐くのも面倒だ・・・。
何もかも面倒でたまらない。
生きるのも死ぬのも呼吸するのも。
自分の肉の重さを感じながらユアイは狸寝入りする。
生き腐る。生き腐れ。生き腐ってしまえ・・・。
自分に対してやる気の無い呪いを念じる。
テレビの明るい笑い声が何処か遠い世界の音のよう。
世の中から乖離し、自分の糞ったれな宇宙の中で一生を終える。
コミュニケーションをとりたいという欲求は無く、
遊ぶモノも自分の頭の中に持っていない。
生まれた事に意味を見出そうという気持ちも無い。
というか、なんか「自我」が希薄。
海月のようなモノだ。ただ存在するだけ。存在しているかどうかも危うい。
その時、外からドタドタと音が聞こえてくる。
障子が開くとユアイの弟のカズナだった。
ユアイと同じ黒髪黒目の髪の長い地味な男だ。
「姉貴、ただいま」
どうやら学校から帰ってきたらしい。
ニコニコ笑いながらユアイの前にしゃがみこむ。
「聞いてくれよ。今日もカンジさんがさァ・・・」
ユアイは1歳年下の弟の話に耳を傾ける。
最近は2年くらい前にレインパッカーに入隊した
ヒマツリ・カンジという男の話が多い。
カズナも学校帰りによく活動に参加しているのだ。
農作業をしてバイト代を稼いだりもしている。
カンジという男はユアイと同い年で
地球力(アース)という不思議な力を
自在に操る自然児らしい。がさつな様で冷静な部分も持ち合わせ
誰よりも熱い情熱(パトス)の持ち主らしい。
勉強熱心だが融通が効かず思い込みが激しい、よくある赤羊気質。
隊長のホロキョウと懇意でカズナの面倒をよく見てくれるシホとも仲が良いらしい。
ユアイはシホとは数度会った事があった。
社会の底辺を生きるユアイを前にしても心を真ん中に置いて普通に接してくれた。
何処か冷めた所があったがソレは「誰に対してもそうなんだ」とすぐに分かった。
そして、とても強い人。
ヌエが「強い人と出会った時はもっと心を揺らせ」と後で怒っていた。
その時は言っている事の意味はよく分からなかったのだ。
「・・・で、今度、『生物分類技能試験S級』を受けるんだってさ。
知新環境工科専門学校のインストラクターになるのに資格が必要なんだって。
高等な赤羊なら普通の仕事をやるアテもなきゃって、ホロキョウさんが言ってたんだ。
まったく戦闘意欲に欠ける人だよな。ホロキョウさんって」
ユアイは眼をシパシパさせながら聞いている。
資格・・・。
遠い世界の話?
だるさが増す。
「なァ。姉貴も今度会ってみろよ。カンジさんに。地球力って珍しいぜ」
ユアイは嫌そうな顔をする。
「興味無いの知ってるでしょ?」
「どうやったら笑ってくれるんだよ。他人に興味持ってくれるんだよ」
カズナがユアイの肩を揺さぶる。
うざい。弟なのにうざい。
無理なモノは無理なのに。
「メンヘラに向かって何言っても無駄だよ」
「メンヘラじゃねーだろ。ホロウは姉貴の能力だろ?」
カズナがやっと手を離す。
フーッと溜息をつく。
能力?
活かすアテの無い能力は
その時点で能力ではない。
ただの形の出っ張った部分だ。不細工だ。
要る用の無い「力」ほど醜いモノは無い。
「・・・御免よ。姉貴。俺、馬鹿だからどうしてイーのか分かんねーよ」
カズナは小さくなってショボンとした。
ユアイの中の苛立ちも小さくなる。
「アタシが駄目なだけだから・・・。御免なさいはアタシの方だよ・・・」
ユアイは言って、
遣る瀬無い気持ちに襲われる。
問題を解決する気力も無い。
生き腐るのが悪い事だと思わない。
「欲」が無いから。
「欲」って何処の誰からプレゼントされるモノなんだろう? ユアイは思った。

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