TOPに戻る
前のページ 次のページ

第二話「農業王(アグリマスター)のホロキョウ」


志保がカンジと出会ってから十数日、二人は国立公園内の志保の家で過ごした。
カンジは独学で読み書きの類はできるようになっていたようで、志保は
主に魔界の社会情勢について勉強させた。
多少、思考がジャンプする癖があるものの、頭自体はそんなに悪くなく、すぐに年相応の知識を身につけた。
「世界を変えるんだから世界の事を知らないとな。世知辛い事だけど。学んでて楽しくない事もない」
カンジは言った。野生だ野生だと言ってもやはり「人」なのだ。学ぶ事に楽しみを見出せるのなら幸いだ。
本を読むなんて事は始めての人がそう簡単にできる事ではないが
カンジは森でホロキョウから貰った膨大な理学地球環境系の本を読んでいたから速読ができるらしい。
カンジとホロキョウが会ったのは4回だと言う。志保の父親から信頼を置かれていたから
保険として一緒に存在を隠していこうと考えられていたようだ。最後に会ったのは4年前だと言う。
何度かの手合わせでカンジの基礎的な実力も知る事になる。
体術の程度は志保より少し下くらい。感性で戦っている感じで志保とは対照的だ。
制御しきれない炎は今の所大した意味を成していない。暴発した時のような威力はついぞ見ず。
地球力だ地球力だと言ってもやはり感情と関係しているらしい。具体的な事は分からない。
志保の氷の邪気は本当にカンジの炎を抑制するように働いているらしい事が分かった。
志保と一緒に居るとカンジの散らかり気味な心性(マンタリテ)がそれぞれ束になっていく感じだ。
会って間もないのに大層な事ではないか、と志保は思う。人の相性と言うモノなのだろうか。
志保は一目惚れなんていう不確かなモノは信じない。何か赤羊科学的な理由があるのだろう。それだけだ。
もっともソレが「一目惚れ」である可能性も無きにしもあらず。赤羊とはその程度にはいい加減な生き物だ。
しかし一緒に居る事もそれほど吝かでもない。たいていの人は志保のそっけない態度に嫌気を催すが
カンジはそれが気持ち良いらしい。マゾなのか。良いコンビになれるかも・・・・・・そんな予感が少しだけした。
そして志保はその機だと感じてレインパッカー本部にカンジを連れて行く事にした。
赤羊式の礼儀作法の本をカンジに読ませようとしたが彼はそれについては拒否する。
「ホロキョウさんは俺と友達のように接してくれるんだ!」
そう言った。まあソレは建て前で、ただ単に赤羊の性なのかもしれない。
もう少しだけ、自分で育ててみるか?志保は少しそうも思ったが、悔しいが適切な指導はホロキョウの方が
できるだろうと思われた。野生を扱うなんて高度な事は自分がするには難しい。
荷造りして北界堂の中心あたりまで走って移動。
スタミナはカンジの方があるらしい事が分かった。まあ志保もこの程度の距離を流すくらいなら
大して疲れないが、カンジはやけに張り合った。やはり女に負けっぱなしというのは男の本性が許さないらしい。
「久しぶりに外に出たんだ!生涯3回目くらい?!美しいな北界堂は!現世みたいに悪戯に開発されていなくて良かった!
人口が少ないのは良い事だ。それが一番気持ち良いって、もっと気づけば良い。そしたら俺は幸せだ」
汗をキラキラ飛ばしながらそんな事を言っていた。志保は北界堂の美しさなど久しく忘れていた。
カンジに少し気づかされる。開発されていない緑の草原を駆け抜け、遠くに青い山脈を見た。
カンジにいちいち名前を教えてもらった鳥達の鳴き声を聴く。そうかな、と思う。
地球力を使える、併走する男が少し羨ましくなった。今まで戦って生き残る事しか考えていなかったから。
それって「小さい」って事じゃないか、と思う。
2時間走ってレインパッカー本部に着いた。
現世の研究施設のような白い建物。自然のイメージとは程遠い。
植物工場も兼ねているのだ。
入り口に「雨の雫」のレリーフ。
柱に隊訓が刻まれている。
「雨の救い。地の恵み。鳥にもミミズにも感謝していて、いつも静かに培地を作っている。
東に死にそうなポスドクあれば、すぐに農業従事を勧め、西に日照や不作があれば、しょうがないから野菜を分けてやろう。
南に遺伝子組み換え畑があれば、行って安全性を検証し、北に敵軍の侵略あれば、さっさと勝って農作業に戻ろう。
他の隊に調子に乗ってると言われ、誉められもせず、でも強さは一人前。そういう隊に俺達はなるんだ」
と、そう書いてある。
相変わらずあまりセンスを感じない詩である。それを作った男は少しすると門を開いて出てきた。
幾何学的な文様の着物みたいな服にヘアバンド。逆立った髪。伸びきった髭。カンジに似たギョロ目。
むき出しの笑顔でアララギ・ホロキョウはカンジ達を出迎えた。
「久しぶりだな。坊主。ちゃんとボーイ・ミーツ・ガールの手順を踏んで此処に来る気になったんだな?」
カンジは表情を変えない。
「意味が分からんす、ホロキョウさん。俺はその機だって思ったから。年齢だってそれ相応になった。
俺の目的は地球の守護体系となり環境を浄化する事!その為にアンタの隊の力を貸してくれ。俺もでかくなって
分かった!一人じゃ何にもできないって!社会に対してアクションを起こせるだろ?!此処なら!」
カンジは目をランランと輝かせながら言った。
ホロキョウは目を瞑ってう〜んと唸っていた。志保は大体次の言葉が分かる。
「あのなカンジ。俺、お前にいっぱい理学の本渡してやっただろ?それってアレだぜ。自分を磨くチャンス無いなんてねェと
思ったからだぜ?炎熱羊のお前が。勉強すりゃお前は強くなる。客観力が身についてマトモな大人になれるかもしらん。
ああ、そうさ。お前は8歳。そろそろ来ても良い頃かと思ってたよ。志保を気に入ったんならなおさらな。
でも言っとかなきゃならん事がある。現在の我々レインパッカーの主な活動目的はただ闇雲に戦闘して金を儲ける事でも
自衛と名はついてるけど単なる自衛でもなく地球環境をどうにかしようって事でもない。俺達は心が強い。だから
お呼ばれしたって簡単には負けないぜ。生き残れるって事だ。では何をしようとしているか。それは、
『大農業時代』の開始だ!俺は農業王(アグリマスター)のホロキョウ!そこん所、理解してもらわないと
困るぜ、坊主!」
ホロキョウは右の拳を天に向けて突き出す。その力強さにカンジは少しただならぬモノを感じた。
「また、その話かよ・・・・・・」
「なんで、話がコロコロ変わる必要性があるんだよ」
志保は溜息をつく。カンジはもちろん、ホロキョウも子供のようだ。
「なんで『腹が減らない』魔界の人間に農産物が必要なんだよ。要らねェだろ常考」
「俺らの野菜は食うと細胞が幸せになって寿命が伸びる。赤羊が食うとほんのちょっとずつだけ地球力が使えるようになる」
カンジは唖然とする。
「なんだよ、その無茶な設定」
「お前、前も言ったぞコレ。もう忘れてるんだな。人の言う事なんてどうでも良いんだな。
自意識過剰ー自己中心ー完全無欠のオナニストー。地球環境論者なんて皆そうだぜ!全部本当は自分の為にやってるのにさ!」
「自分の為じゃねェ!俺がどんだけ地球力使えるようになったと思ってるんだよ!後で見せてやるよ!
俺は地球の守護体系なんだ!」
カンジが怒鳴る。大体、志保には予想できた展開。
「よう坊主。俺の話を聞けよ。俺が一番気にしてるのはダラダラ続いてる無生産的な戦争!これが!これが一番
くだらないと思う!俺はもうやめてさ、生産的な事してーの!前に進ませたいのよ、世界全体を!そんで考えた!
どうすれば良いのか!そんである思いに至った。赤羊は殺し合いがしたいんじゃなくて本当は身体を動かしたいだけなんだってな」
カンジはハッとする。
「俺はこの8年間一度も殺しをした事が無いんだ」
ホロキョウはニヤッと笑う。
「そうだろう。俺達の戦闘遺伝子は薄れてきてるんだ。ラグナロクの怠慢か?いや、アイツは面白がってるだけさ。
或いはアイツ自身の中二病が薄まりつつあるのか。そしたらどうなる?それは、まあ良いや。
とにかく戦闘欲求は単に身体を動かす事で解消できると踏んだ。そこで考えたのが農業だ。
今はまだ俺達、戦わないと食ってけないけど兵農一体だ!農業で鍛えれば身体は強くなる。
美味い飯食って地球力もほんのちょっとずつ使えるようになる。なんでって少しずつ地球を好きなるから。
俺達って不自然な動物だぜ?なんで生きてるのに世界を恨むんだよ。その気持ちだって何処かで昇華できるんだ。
そんで戦闘欲求を解消して農産物を売って金を稼ぐ。もう戦う必要は無い。それで人間がフラストレーションで
自滅しても知ったこっちゃねぇ。元々、アイツらの趣味、そんなに良くないからな。良くないと思う。
それで赤羊全員で農業やろうぜ!人間もやるか?!まあ、それで地球環境もほとんどどうにかなるんだがな・・・・・・」
どうやらホロキョウの考えは少しずつ見えてきた。カンジはう〜んと唸る。
自分が言ってる事とどっちが絵空事だろう、と思う。
「農業法人ネイケフイケキロロ。4界に展開する会社の支部長なんだよ、ホロキョウさんは。次元規模。
それだけ魔界の門番にも認められてるの。ラグナロクさんも『やってみな』って言ってるよ多分」
志保が言う。
カンジはちょっと考えて、息をすうっと吸い込む。
「NOアーミーは地球環境の為に必要。アンタの考えは俺の夢と重なる部分がある。だから、ついて行きます。
色々考える事はあるけれど・・・・・・これからも・・・・・・」
ホロキョウはニカッと笑う。
「カンラカラカラ!もったいぶるなよ!小僧!待ってたんだぜ?俺はよォ!やっぱ男を動かすのは女だよなァ?」
そう言ってカンジの頭をぐしゃぐしゃ撫でる。志保も手を口に持っていって少し笑った。
「あと加えておくと野菜は美味いからよ。人間はけっこう買ってくれるんだよ。能書き抜きで」
ホロキョウがカンジの耳元でボソッと呟く。
「俺、肉食ですから」
「生物種、違うから性欲は無いんだよね?」
志保がプイと顔を背けながら言った。

前のページ 次のページ
TOPに戻る