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第三話「ナナセ兄ちゃん」

ミズエの才能を活かす為の教育法の相談をする為に、プラトは世界一の天才である、
大脳特化型赤羊のフェリーツェとコンタクトをとる事になった。
そして、丁寧にその旨を書いたメールを送ると、1日遅れでこんなメールが返ってきた。





「こんにちは。ボクはフェリーツェ。ムスイ君の友人のプラトさんですね?
 ボクは今、満20歳なので、君より年上です。なので多少、態度がでかくなると思いますが
 お許しください。

 
 さて、優秀な頭脳を持つ、稀有な赤羊であるスワナイ・ミズエちゃんの話は聞きました。
 
 
 まぁ、彼女は良い頭脳を持ってるかと思いますが、
 ボクと較べた場合は、例えば君と比較してもドングリの背較べのようなレベルの才能かと
 思いますので、どうかそこまで深刻に考える事の無いようにしてください。

 
 という事で、頭の良い赤羊達も通える学校でも紹介しようかと思いましたが、
 ムスイ君の頼みでもある事を考えると、それでは少し親切心が足りない気がしました。

 
 ボクはムスイ君の一ファンです。格好良いですよね。彼。

 
 なので、ボクが遠隔で家庭教師をしてあげようと思います。
 適当な参考書のリストをファイルにまとめて添付しておきますので、通販で手に入れておいてください。
 その他にも、ボクがせっせと専用の教科書的なモノを作ってあげましょう。

 
 なんの。ムスイ君の為なら、大した労力ではありません。
 ちなみに、ボクが仕事した場合の平均的な時給は億単位です。その事をムスイ君に伝えておいてください。


 ところで、少しは長い付き合いになるかと思いますので、ボクも君達の実際について興味が湧いてきました。
 

 君達のオーナーへの賄賂と、渡航費と滞在費、占めて1000万円、銀行に振り込んでおきましょう。
 それらを使って1週間ほどストライク・フリーダムのボクの今の拠点に滞在してみませんか?
 ムスイ君とプラトさんの二人、でどうでしょう。
 ミズエちゃんの今後の事を含めて、のんびり話し合うのも良いでしょう。
 

 なお、ボクがそっちに行く事はありません。運動、苦手だから。
 

 では、そういう事です。考えておいてください」






パソコンの画面を睨みながらプラトが熟慮している。

ムスイ、ナナセ、アゲハは後ろでそれを見つめている。
しばらく黙りこくった後、プラトは口を開く。

「えらい気に入られたね。ムスイ・・・。まぁ、それは置いといてストライク・フリーダムに来いだってよ」

残りの三人が顔を見合わせる。
しばし、顔を睨みあった後・・・


「良いんでねーの?単に休暇だと思って行けば。貰ったお金の数パーセントで、臨時の別の赤羊でも雇ってもらえるだろうし・・・」
「オーナーへの上手い言い訳はウチが考えてあげるよ」


・・・とアゲハが口を開いた。
それを聞いて安心した顔を見せたナナセは


「ミズエちゃんの面倒は僕らに任せてください。もう、大分シッカリしてきてるし・・・」


と笑顔で言った。
「むーん」と唸ったプラトはまた考え込む。
それを見て


「行こう。俺達の今後についても色々相談してみると良いゾ?」


・・・とムスイが鶴の一声を発し、プラトも了承するしか無くなった。
かくして、ムスイとプラトは初めて海外に滞在する事になったのだ。















そして、その一週間後。

プラトとムスイは空港から飛行機に乗ってストライク・フリーダムへと旅立った。

ミズエは、少し何かを堪えるような顔で唇を噛み、二人を見送った。

それとは対照的に、顔を真っ赤にして涙目になって、
手を大きく振りながら別れを惜しんだのはプラトである。


これには見送りに来たナナセとアゲハも、ほとほと呆れた表情であった。
プラトを「どうどう」と宥めるムスイの背中を見送りながら、
ミズエはついに一滴も涙を流さなかった。


「ミズエちゃん。たった一週間だけど、辛かったら泣いても良かったんだよ?」


ナナセはミズエの肩に手を当てながら、心配になってこう言った。











それから、さらに二日が経った。

ミズエはナナセが買ってきた植物図鑑や動物図鑑、
それに生物学者の伝記を読みあさっていた。

それらを全て読破していたナナセは、
彼女と、それらの読後感想について、楽しげに話す機会を得た。
ミズエは生物学にもナナセの話にも酷く感心して、
早くもプラトとムスイの不在を忘れたかのような楽しげな状態になっていた。



「ちょっとちょっと。親の居ぬ間に手籠にするつもりなのかな?悪徳ナナセたんは」



そう言ってアゲハが茶化したが、
ナナセにとってはそんな事はどうでも良いらしく、
聡明な妹分ができた事がただただ嬉しいらしかった。




「夏になったら、兄ちゃんとクワガタ獲りに行こうな」




ついにこんな約束をし始めたナナセを見たアゲハは、
「そんなの女子のする事じゃないよ・・・。ナナセたんはデリカシーに欠ける上にロリコン・・・って感じ?」
・・・と若干本気で注意した。








プラトとムスイが海外に旅立って3日目の朝、
ナナセ達のアジトのある暁国白峰県は快晴に見舞われた。


ナナセは朝からテンションが上がっており、
ミズエと共に、外に遊びに出たい気持ちで一杯だった。
ミズエの方にその旨を伝えると、顔をパッと明るくして快諾した。



ちょうど、ナナセ以外は誰も居ない火曜日の午前中。
アゲハすらも居なかった。
彼女ならナナセに外に出る危険を喚起して
外出をやめさせるかもしれない。



ナナセは「しめしめ」と思い、
角を隠す為の野球帽を被り、
少しの罪悪感を伴って、ミズエを山の外に連れ出した。
この時、ミズエは1歳であるが、身体は人間の三歳児ほどであろうか。



運動能力については、皆で手分けして仕込んであるので申し分ない。
高い所から落ちても死なないし、
本当は、物理的な面で外に危険など無い筈なのだ。

しかし、目を離す事は絶対にあってはいけない、とナナセは肝に銘じこむ。













二人で手を繋いで白峰市の繁華街まで下りてきた。
ミズエは実際に見るのは初めてな都市部の情景に目を白黒させる。

荷物持ちとして活躍している赤羊、
工事をしている赤羊も、
彼女の目に留まったようだ。



「大きくなったら、ああいう事をする事が増えると思うよ」



ナナセはミズエに教えた。

そういった同族の存在を肌で感じて、観察して、
ミズエの表情が曇ってくる。


(ああ、この世の不条理を感じているんだな)


とナナセは慮った。
都市部に降りれば、そういう事を感じさせてしまう事は分かっていたけど、
ナナセはそれを、社会勉強で生きた知識だと思っていたし、
都市部を通っているのは目的の場所に到達する為の
道すがらなので、まぁ、我慢してもらう事にした。






「人間は怖いかい?」

歩きながらナナセがミズエに尋ねる。

「・・・少し・・・」

答えたミズエを見てニッと笑うナナセ。






「緊張してるのが手から伝わってくるよ」

「気にしなくて良いよ。僕も怖いから」

「この先、誰かが・・・」

「人とは絶対に仲良くしなさい・・・とか」

「人を過度に怖がっては駄目だ・・・とか」

「言ってくるかもしれないけどさ・・・」

「無理にそうしなくても良いよ」


「相容れないモノを無理に好きになろうとすれば
 ココロもカラダも疲れてしまうばかりで良い事が無い」

「好きでもないし嫌いでもない・・・っていう
 灰色(グレー)な考え方ができるように僕は気をつけてる」

「赤羊ってそういうの苦手なんだ・・・」

「1+1=2っていう・・・単純な世界の方が好きみたいだね」

「ま、人間にとってもそうかもだけど、その傾向が強い・・・って話ね」

「協調の仕方にも色々あってさ・・・ま、赤羊にとっては
 人間と無闇にベタベタするような協調のし方は最善手ではない・・・って事が言いたい」

「でも生きていくには人間と協調する事も必要だから」

「人に対する気持ちを・・・曖昧なままで保っておく事も大事だね」







と、ナナセは長い台詞を話した。
理解できているか心配でミズエの方を見たが、
目をキラキラさせてナナセの方を見ていたので、
そこそこ伝わっている事が分かった。
満足するナナセ。




手を繋いだままずっと歩いて、郊外の長閑な場所に出ると、
ミズエの手に込められた緊張が少し和らいだようだ。
ナナセも安心して、



「もうちょっとしたら、僕の見つけた瞑想に適した場所に着くよ」
「人気が無くて良い所なんだ」



とミズエに話しかけた。
「人気が無い」と聞いて、ミズエはさらに安心したようだ。


















ナナセがミズエを連れてきた場所は、アジトのある山とはまた違った雰囲気の
山の中の渓谷であった。
ナナセの言う通り、人気など全く無く、
岩の突起がいくつも見受けられ、薄い霧がかかっている。


ナナセはミズエをおんぶして岩の突起の一つによじ登り、
ミズエを抱え込んで深呼吸した。





「家に閉じこもって本ばっかり読んでてもココロが腐っちゃうよね」





ナナセはそう言って柔和に笑った。









「人と仲良くするのも大事だけど、逃げ込んで一人になれる場所があると便利だよ」




岩の突起の上に座り込んで瞑想するナナセは言った。
ミズエは抱え込まれた状態でぼんやりしている。




「少し、僕の事を話させてくれるかな」


ナナセが呟く。


「僕は炎熱羊(グレンオーガ)って言ってさ。エニグマを使って炎を操れる種族なんだ」
「エニグマ無しでも少しは操れるよ」


「それが『危険』だっていう認識に少し前になってさ。人間の中で」
「だから、今、『炎熱羊駆除法』ってのが世界中で公布されて、抹殺対象になってる」
「暁国はそういう決まりが緩い国なんだけど・・・」
「その内、絶滅しちゃうかもね。炎熱羊・・・」




「自分の属してる『種』そのものを否定された気分でさ・・・どの炎熱羊もアイデンティティーが揺らいで困ってる」
「『自分の出自を疑っちゃってる』って事だよ」
「僕もだけど・・・」
「それって凄くせつない事だよね・・・」



ミズエの目がちらちら揺れている。



「自分に自信を持てない・・・自分の出自にも自信を持てない・・・」
「とても辛い事だよ」


「皆で相談してちゃんと話した事があるけど・・・」
「ミズエちゃんの両親はミズエちゃんを育ててくれなかったね」


「自分の出自を疑ってしまう気持ちもあるだろう・・・?」
「無理して誤魔化すのは良くないと思うんだ」




ナナセはゆっくりそう言った。
ミズエの目が濡れていて、光を反射している。




「何が言いたいって、炎熱羊の僕も、ミズエちゃんも、一緒に悩んでいけたら良いんじゃないかと思うんだ」
「この世に定着する為に。自分に自信を持つ為に・・・」

「炎熱羊どころじゃないよ。赤羊は皆、奴隷階級だ。自分の出自に関して悩んで当たり前だ」

「『そんな事気にしてる場合じゃないよ!』って・・・元気な人は言うかもしれないけど・・・」

「僕は悩んだり、悩みを打ち明けたり、一緒に悩んだりするのも大事だと思うんだ」

「ミズエちゃんは、無理しすぎだと思うんだ・・・。小さいのに。正直、見てられなかった・・・」





ナナセはそこでまた笑う。

「一緒に悩もうよ」

「あと、これから先の人生で炎熱羊に出会う事があったら、是非、優しく接してあげてほしいな。なんて・・・冗談だけど・・・」



ミズエは、その言葉を本気で受け止めたようだ。
それを見て満足げなナナセ。




「僕の好きな現世の生物学者に、千石正一先生っていう人が居てね・・・」
「その人、こう言うんだ・・・」



「野生生物を絶滅させたり捕獲したりすることは、内部構造の分からない機械から少しずつ部品を抜き取るようなもので、
 一つ二つ取る分には問題が生じなくても、ある数以上取ったら急に問題が起きるかもしれない・・・ってね・・・」



「僕も思うんだ。・・・『どんな生き物にも、適材適所の価値がある』って・・・」






「野生動物はもちろん・・・」

「架空の動物・・・人為的に作られた動物・・・」

「そして、たった一人の人・・・一個人・・・にも・・・」

「この世で、果たすべき『役目』があるんだって・・・」

「ネジの役目でも棒の役目でも・・・六角レンチの役目でも・・・とにかく何かの『役目』があると思うんだ」





「『果たすべき役目』が僕達を活かしてくれるんだ」

「あまり大きな事を考えないで・・・シッカリ、自分の役目を見極めて生きれば、努力すれば、きっと幸せになれるって思う。どんな人も」




「炎熱羊も・・・ミズエちゃんっていう一個人も・・・努力すればきっと『生きる席』を獲得できるって・・・」

「僕はそう思うんだ」

「そうやって無理に思い込んでもキツくなるかもしれないから・・・そう、空気みたいに、曖昧に思っておけば良いと思う」

「それできっと生きていく為の標にはなるよ」





ミズエの右目から涙がつうっと流れ落ちる。

空を仰いだナナセはさらに続ける。





「辛い事があっても泣かないなんて・・・まだミズエちゃんには似合わない。此処に来て泣けば良いよ」

「その事は僕が知っといてあげるから」

「一緒に悩もう。そんで、僕を頼ってくれ。」







「きっと、それで、僕も救われるから・・・」









ミズエの左目からも涙が零れ落ちる。

ミズエはその日初めて、ナナセの言葉で胸の内のワダカマリを自覚したのだ。

ナナセは目を閉じて、また呼吸を整える。





暁国の一人の炎熱羊は、泣いているミズエを抱え込んだまま、ココロを空にする。















三話挿し絵「どんな生き物にも、適材適所の価値がある」









ナナセとミズエがアジトに帰ってくると、アゲハがカンカンに怒って出迎えた。


「ナナセたんは本当に餓鬼だね!もう夕方じゃないか!ジュンちゃんにチクってやるんだから!」



そう言ってチクチクとナナセをいびるアゲハだった。


二人はコッテリ絞られながら、アゲハが向こうを向いた時に
コッソリ顔を合わせて、二人で笑い合った。


「ナナセ兄ちゃん、今日は楽しかった」


そう耳打ちするミズエである。



















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