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第十三話「プラト達の旅立ち」






第十三話「プラト達の旅立ち」(前編)








秋深し。

アジトの山も紅葉で染まりつくした頃、
フェリーツェ・コネクションの仲間である
知新国立公園のパークレンジャーの夫婦の
冬目広明(トウメ・コウメイ)と冬目木乃(トウメ・キノ)が
プラト達を訪ねてきた。
「もうストライクフリーダムに旅立つ段取りであるので、
一緒に渡航しよう」という意図である。


アウトドア派かつ、赤羊として規格外なほど知的な彼らは、
数日の間、アジトで寝泊まりして、プラト達と語らった。
二人とも根は温和な人柄らしい。


コウメイはボサボサの髪で髭を生やし、
高そうな眼鏡をかけていて、白衣のいでたちである。
一見、学者のような風貌で、大変、理知的な喋り方をする。


キノは背の小さい、薄青髪の眼鏡の女性である。
冬服を着ていて、若干オドオドした雰囲気。
26歳と、プラト達よりも一回り年上であるのだが、
少し幼く見えた。


ある時、コウメイとムスイが話し込んでいる時に、
本を読んでいるミズエをキノが「じーっ・・・」と見つめていた。

怪訝に思ってミズエが視線を合わすと、
キノは焦って視線を反らし、
少ししてから、またミズエの方を見た。


「・・・君がミズエちゃん・・・なのカナ?」


キノはおずおずと話しかける。
ミズエが「はい」と頷くと、キノは「うんうん」と頷いて、気遣わしげな表情を作った。


「まだ小さいのに・・・いっぱい色んな所で戦ってるよね・・・?」
「偉いなァ・・・。私の家の・・・君より年下のシホって娘は・・・まだ戦ってないんだよ」
「君より4つくらい年下なんだけど・・・」


ミズエはもう少しで7歳・・・という年齢なので、そのシホという娘の年齢は凡そ3歳・・・という事だろう。
それで戦うとか戦わないとかいう話が出るという事は、相当、優秀な赤羊であるに違いない。


「・・・私の夫の・・・コウメイさんがね?」
「『現世の人間の赤ん坊は、動物行動学の見地から言うと、生後4年間は両親が愛情を注いでやらなければ、人として成り立つ事ができない』」
「『しかし、魔界の赤羊に関しては、それについて生後2年間で十分だという論文が発表されている』」
「『シホはもう3歳に達した。生きる為の能力も十分だ』」
「『そして、我々が兼ねてより持っていた思想・・・。その思想を持っている時点で、今回のテロ行為に参加する事は当然である』」
「『作戦の成功を信じて傍観する?いや、僕は意見を述べるだけで実際に行動しない空虚な識者になどなりたくない』」
「『成し遂げたい事があるなら、自ら事の刃先に立とう』
「『そういう姿勢をシホには学んでほしい。だから、僕がやってみせる』」
「『シホが僕の意思を継いでくれると信じている』」
「・・・なんて言ってたんだけどさ・・・」

「・・・ミズエちゃんは、そういうのどう思う?」
「・・・私は、いっつもコロコロ転がされちゃう性質(たち)だから、『そっか・・・ナ?』って少し疑問符持ちながら・・・」
「なんか流されちゃったけど・・・」


ミズエはキョトンとする。


「・・・ちょっと待ってください」
「その前に・・・」
「そんなアヤフヤな気持ちで、戦場に行けるんですか?」


キノは言葉を聞いてから、少し頬を赤らめて笑った。


「・・・御免。上手く表現できてなかった・・・」
「私は、私の頭よりコウメイさんの頭を信頼してるから」
「あの人より、上手く考えられる自信がない・・・」

「だから・・・」

「あの人が行くなら、私も行く」
「・・・」
「・・・馬鹿にしてくれても・・・良いヨ?」


ミズエは「はぁ・・・」と呟いて、上目づかいでキノを見る。
少し様子を窺っていて思ったが、
キノは確かに学者然とした異端の赤羊みたいなコウメイに較べればノホホンとしていたが、
今までミズエが見てきた赤羊の大人達の平均と較べれば、際立って知的であった。

・・・それでも、そんな風に考えたがる人は居るんだ・・・と、ミズエは感心(?)した。



「・・・あの・・・」
「『3歳まで育てれば後は良いや』っていうのはよく分かんないけど・・・」
「世の中の人たちに期待しないで、自分で刃先に立つ・・・というのは・・・」
「イイな・・・って思います」
「・・・御免なさい。アタイ、生きてきた時間が短すぎて・・・」


「・・・!」
「くすくす・・・」


ミズエの言葉を聞いて、キノは少し笑った。


「そうだよね。なんかさ・・・」
「男性の方がアンチ・ファミリーな人が多いのかなって思っちゃったよ」
「気になるよね。私もシホが心配なんだ」
「コウメイさんはそんな事言ったら」
「『動物行動学的見地から言って、古代の現世において、人間の父親は狩猟を受け持ち、人間の母親は子供を育てる事を受け持っていた』」
「『その遺伝子を受け継いでいる我々赤羊とて、その特性を受け継いでいる』」
「『男性が女性から見てアンチ・ファミリーに見えるのもまた必然』」
「『しかし、動物行動学者がこのような進化論的な赤羊の特性を言い訳として用いるのは適切ではなく・・・云々』」
「って言うだけなんだろうけどさァ・・・」

「くすくす・・・」


キノはまた頬を赤らめて笑う。


「・・・あ・・・違う」
「・・・素直だね・・・。君」
「うん・・・。シホに似てる」
「もし、この先、シホに会う事があったら、仲良くしてあげてくれないカナ?」
「コウメイさんが精度高く教育してくれたから・・・きっと優秀な赤羊になると思うんだけどナ・・・?」

「・・・」
「あ・・・御免。ちょっと嫌らしい事言っちゃった」


それを聞いたミズエは、会って数日の赤の他人に少し信頼された事を感じて、喜びにパッと顔を明るくした。

頷いたミズエを見て、キノはミズエの頭を撫でた。


「私はね・・・『洗ってあげたい頭』を洗えて、出来の良い可愛い娘を遺せて、満足なんだ」


キノは最後にポツリと、そんな事を言っていた。















第十三話「プラト達の旅立ち」(中編)






そして、旅立ちの日の前夜、
プラトはミズエに「酒を飲もうぜ!」と呼びかけて、
強引に二人で酒宴を開く事になった。


白峰の地酒をトクトク注いだ盃をツイッとミズエに渡し、
プラトはお父さん座りでドッカとミズエの前に腰を下ろす。


プラトの目は据わっていて、脳にアドレナリンが漲っているような感じだ。
人生で一番大きなイベント(とプラトは思っている)を前にして、気合いが充実しているらしい。
もっとも、ストラクフリーダムに渡ってから、しばらく潜伏するつもりなのだが。



「・・・」


眉間に皺を寄せて、大盃に満々と注がれた酒をクイッと飲んで、
プラトはクワッとミズエを正視する。


「・・・時は来た!!!」

「・・・明日はアタイ達の門出の日であると同時に・・・」

「誰あろう・・・アタイの大事な大事な・・・」

「大事な大事な大事な・・・世界一可愛い・・・」

「みーちゃんの門出の日なんだよ!」


高い音を立てて、大盃が床にぶつかる。
ミズエは生唾を飲み込んで、プラトの両の眼を凝視する。

それを見て、プラトはビビッドに深く笑い、
右手を前に突き出す。


「・・・」
「・・・飲みな」


プラトはミズエに促す。

ミズエはすぐに小さな盃の酒をちょびっとだけ飲んだ。

それが初めての飲酒であったが、甘い香りに混じる気持ち悪さが、少し慣れない感じであった。



「・・・みーちゃん。会えて良かった」



プラトは話しだす。


「いつしか、アンタはアタイ達の『生きる目的』『生きる喜び』の一部分を担ってた」
「アタイ達は幸い・・・世間でも評価される『強い赤羊』になれたと思うけど・・・」
「ソレは、アンタの存在があったからこそ・・・という面が大きい」
「ナナセだってアゲハだってムスイだって・・・アタイだって・・・アンタが居なかったら腐って才能をオジャンにしてたかもな」
「アタイ達はできるだけ『楽しみ』に目を向けて生きようとしてたけど・・・客観的に考えれば、ろくでもない状況の中で生きてきたわけだから・・・」
「『自分だけ』見てたんじゃ、気が滅入ってたね・・・」


プラトは力強くニッと笑う。
ミズエは、プラトの言葉がいつにも増して力強いため、少しずつ緊張していっていた。


「・・・育てた事・・・恩に感じる所があるかもしれないと思ってさ」
「そんな事は気にする事は無いよ」
「アタイはボランティアでアンタと関わったわけじゃないからね」


「・・・だから、アンタは、『思うままに自由に』生きなさい」
「・・・つっても、不自由な人生を歩むかどうかも、アンタの自由だけどさ・・・」


プラトはいたずらっぽく、また笑う。


「ま、でもアタイ達の腐れ縁はずっとあり続けるわけで・・・」
「ムスイも言ってたみたいだけど・・・」
「アタイの息子の事を気にかけてくれたら嬉しいね」


ミズエがハッとした顔をする。


「アタイ達、もう・・・『家族』じゃん?」
「じゃぁ、アタイの息子は・・・みーちゃんの『弟』って事になるかもよ?」


ミズエは呆けた顔のまま、話を聞く。


「・・・アタイとムスイの息子じゃ・・・みーちゃんに釣り合うような顔にはならないだろうけど・・・」
「もし良かったら・・・。ね?」


プラトがウインクする。
ミズエは少しずつ笑顔になり・・・


「・・・言われなくても・・・ですよ」


明るくそう言った。

プラトは少し顔を傾けて、また笑う。



「うん・・・。ご利用は計画的に」



プラトは人差し指を突き出して、ミズエの眉間にツンと触れる。



「『その人の意思を継いでくれる人が居る限り、その人は死なない』ってよく言うじゃん」

「それって子供を残せー・・・とか、思想を残せーって教えで・・・」

「とにかく『子孫は繁栄させとけよ』って教えなのかな?」

「人以外の生き物を見てたら、確かに『ソレしか』考えて生きてないように見えるもんね」


「自分の意思を伝えた・・・次代の若者を育てる事で、気持ち良くなれるのなら・・・」

「生き物として、ココロの底から本当に深く深ァーく安心できるのなら・・・」

「やっぱ、アタイはみーちゃんに救われたんだな・・・って思うよ」

「『みーちゃんを育てられたアタイの人生に、意味はあったんだ』って思えるもの」



「勝手な事言うけど・・・アンタはアタイの『作品』だよ。みーちゃん」



「アンタはアンタで、アンタの畑に・・・アンタの見込んだ人物の頭にアンタの意思の種を撒くと良い」



「そうすれば、アタイもみーちゃんも・・・死にはしないよ」



「ずっと」



プラトの言葉を聞いて、ミズエの目頭が熱くなる。



「・・・嬉しい」

「とても嬉しい・・・」


「・・・でもアタイ、思った事、言わなきゃならない・・・」


「そんな『特別な言葉』をプラトさんから受け取るのに適格な相手は・・・アタイじゃないです」



ミズエは少し苦い表情を作り・・・



「ミナセ君・・・ですよ・・・」



と、小さく呟いた。



プラトは複雑な表情をして、首を少し左右に振る。



「アンタが長女でミナセは長男・・・」


「姉と弟だ」


「アタイはアンタにも同じ事言いたいな」


「同じ特別をあげなきゃって・・・」



ミズエは上目づかいでプラトを見る。



「・・・ソレは良くない。間違ってる」

「・・・でも、嬉しい・・・」


「もう、勝手にしてくださいよ!」


「アタイは、ミナセ君に会いに行かないプラトさんは・・・」

「その部分のプラトさんは・・・」

「間違ってると思います・・・」


「でも・・・」







「・・・間違えてくれて有難うございます・・・」

「間違えてくれなかったら・・・今、こんな風にできなかったかもしれない・・・!」







ミズエの脳は矛盾を飲み込み、ミズエはカオスな表情のまま、ボロボロ泣き出した。

プラトも困った顔で、一筋、涙を流す。



「・・・アタイは・・・このアタイの中の矛盾した気持ちの落とし前をつける為に・・・」

「魔界の社会の為に、何かをもたらしたいと思います」



ミズエは泣きながらプラトをキッと睨む。



「世界に資する・・・。尊敬するプラトさんの真似をします」


「そして乗り越える・・・その背中・・・」


「まだ・・・具体的にどうするかは分からないけど・・・」


「今この瞬間・・・睨んだ一条の光が・・・」


「アタイを活かし、生かしてくれるって思います」




「生意気にも言わせてもらうと・・・アタイもプラトさんに出会えて良かった」


「今日からは、あなたをライバルとして見定めさせてもらいます」


「アタイが後輩で・・・プラトさんが先輩です」


「ただ、それだけです・・・」


泣きじゃくりもせず、意思の強い目でプラトの目を見て泣くばかりのミズエに、
プラトは少しだけ動揺させられる。



「・・・良いねえ・・・!」


「そういうノリはアタイは好きだよ・・・!」



不敵に大きく笑い、プラトは片目の涙を豪快にぬぐった。























第十三話「プラト達の旅立ち」(後編)







翌朝、プラトもムスイもナナセもアゲハも冬目夫妻も、
渡航の為に白峰県を離れた。



プラトはミズエがむせ返るほどキツく彼女を抱き締め、少し涙を滲ませていたし、

アゲハはその辺で買ってきた、最近出版された「女医の教える最高に気持ちの良いセックス」という本を
最後にミズエにプレゼントしたし、

ナナセは自分で一生懸命木を削って作った、炎熱羊の儀礼具の「捧酒箸(アブランケソワカ)」を
ミズエへの形見として送った。
文様の施された木の棒である。


「人の祈りや言葉を、神様に伝える為の道具だよ」
「もちろん、此処で言う神様はラグナロク様じゃない・・・」
「君が会いたかったり、話したかったりする人を頭に思い浮かべて、祈れば良い」

「プラトさんでも良い・・・。良かったら僕でも・・・」
「コレを通じて、『誰かと繋がってる』って思ってもらえたら良いな・・・」
「・・・君は一人じゃない。少なくとも、僕は君をずっと見てるから・・・」


「信じてくれよ」



そこまで喋ったナナセの目から、また涙が滲んできたので、
彼はすぐにソッポを向いて耳を真っ赤にしていた。


「んもぉー。最後まで『格好良いお兄ちゃん』を演じるなんて全然できなかったね。ナナセたん」
「『不器用で可愛い』なんて誰も思ってやらんからね」


アゲハがそんな事を言って茶化していた。


そしてムスイは、フェリーツェとは関係の無い、
各地での転戦の過程で知り合った赤羊の仲間たちの住所と電話番号をミズエに渡した。



「この人達の世話になると良い」
「できるだけ、対等の関係を作れるように努力するように。頼れば良いし、頼ってもらうのも良い」


ウインクしてそんな事を言っていた。





最後は皆で無理に笑顔を作りながら手を振っていた。
遠ざかっていく6人を見ながら、ミズエはそこはかとなく涙をこらえていた。


育ての恩人である4人との別れは、
すぐにはミズエの中でも現実の事だとして認識できなかった。


アジトに通う赤羊はまだ複数体居たが、
ミズエは白峰を拠点にするだけで、もうこれからは大人の赤羊として振舞いたいと思っていた。


もうすぐ7歳になる。
すぐに大人になるのは無理だけど・・・


潮時ってモノがあると思っていた。


とりあえず、今は、
寂しさを蹴散らす為に、たくさんたくさん仕事をしようと、
ミズエは考えている。










ミズエと別れ、
東青海の漁港から出発した大型船に乗り、
プラト達はしばし海の旅である。


プラト、アゲハ、キノは荷室でランプをつけて
トランプに興じていた。


ナナセは船のてっぺんで瞑想していたし、
コウメイは娘のシホに宛てた手紙(内容は人生における成功法則のようなモノだった)を
黙々とタコ部屋で書き続けていた。


ムスイは甲板でボンヤリ涼んでいた。
そして、どうやら目的地を同じくしているらしい者達の存在に気づく。



大柄のいかつい顔をした男がデッキにもたれかかって、ボンヤリとカモメの動きを目で追っている。
少し髭が生えていて、ドイツ軍みたいなコートを着ている。

そして、そこから少し離れた所で、壁にもたれかかって、外国語のタイトルの書物を読んでいる、容姿麗しい黒髪天パーの少年。
その少年の横で体育座りしている、気だるい表情の派手な美人。


ムスイは、いかつい男の顔に見覚えがあるような気がしたが、
何処で見かけたのかは思い出せない。


そして、男の眼は穏やかに澄んでいたが、
同時に尋常ならざる妖気と凶気をはらんでいるように見えた。


赤羊である事は明白だ。


周囲から浮いている。
浮こうとしているように見える。


(一緒に働く事になるんなら・・・とりあえず、好印象・・・と)


ムスイは頭の中で勝手な事を呟く。

それが聞こえたかのように、ムスイが見ていた男はムスイを一瞥する。
睨まれた。


ムスイは罰が悪そうに眼を反らしたが、
その男の只ならぬ実力を同時に感じ取って、胸が高鳴るのを感じた。


男はすぐに海の方に視線を戻した。
あまりムスイに興味が無さそうな態度。




ムスイは見えない所で満足げに微笑んで、

(名前は、フェリーツェん所に着いてから、聞こうかな)

・・・と自分で勝手に決めた。








(続く)







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