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第一話「炎熱羊(グレンオーガ)のカンジ」


冬目志保(トウメ・シホ)は暁国唯一の国立公園「知新半島国立公園」のパークレンジャーの家に生まれた。
赤羊にしては優しい父母に囲まれぬくぬくとした幼少期を過ごす。
父から意思力のイロハを教わり剣の修行に没頭した。
赤羊離れした要領の良さでコツを掴むのは素晴らしく早く、
メキメキと頭角を現した。4歳の誕生日に与えられた自律型エニグマ「氷蟲」は彼女の宝物となる。
しかし、その数日後に両親はストライクフリーダムの首都の抗争で戦死してしまう。
幼い志保はめげなかった。当時の自衛組織レインパッカーの長のアララギ・ホロキョウを頼り
家事手伝い担当者として隊に加わる。2年後には才を認められて戦線に加わる事になった。
自力で得た金で刀型エニグマ「白夜行」を手に入れ増長の一途を辿った。
そして9歳の時に国立公園の奥深くに入っていった時の事。

志保は年中防寒着姿がデフォだ。ファー付きの物を取り立てて好む。
彼女のエニグマは2つとも冷気を操る事もあって利にかなっている。
まあ赤羊は南極で温帯ファッションでもけっこう平気な生き物なのだが。
その日もそんな格好で山の中をほっつき回っていた。
最近買ったイルカ型のイヤリングが薄青をロングにした髪の中で映える。
ボイジャーというギョウコク・グマと仲が良いので、見せれないかと期待していた。
その内、見慣れない湖に到着する。半径200メートルはある。けっこう大きい。
自分の管轄の公園なのにけっこう知らない所があるものだ、と志保は思った。
その時、地中に居た氷蟲が地上に顔を出す。白い結晶構造が連なった芋虫のような姿をしている。
「邪気感知。猛々しい」
氷蟲の機械音声が呟く。このエニグマの邪気感知能力は志保より優秀なのだ。
志保は少し気を引き締める。
「悪〜い浮浪者とか。でも猛々しいってスゲェよな」
呟いた。自分の邪気センサーで感知する事はまだできない。
脳より先に体が反応した。背後に悪寒。
刀を抜いて瞬時に振り向く。動揺など微塵も無い。ホームで自分より強い赤羊などいないと思っている。
木の上に居た対象も動揺は見せない。夜の闇に紛れて見事な気配の絶ち方だ。
自然と一体になってる感を十分に醸し出している。いや字面通り?相手は、「野生の赤羊」って感じ。
意識を集中すると闇が色を取り戻し始める。同い年くらいの男だった。
現世の縄文人のような動物の毛皮でできた粗末な服を着ている。
髪は真っ黒でボサボサ。顔は女のように可愛らしい。目が大きくて鼻が低め。
髪の中で、何かが赤く光っている。アレは・・・・・・角・・・・・・?
「よう。俺、言葉喋るの苦手なんだけどよ。必要が無いから」
男が外見通りの女のような声で喋る。というか女なのかと疑い始めた。
「今、社会情勢どうなってんの?エコは盛んだろうな?」
変な事を聞いてくる。しょうがない答えてやるか。
「盛んだけど・・・・・・でも現世と違ってイッパイイッパイじゃないじゃん。うちら。
 本気でやればもっとエコれるかもね」
「それじゃ駄目だ!」
男は猛々しく怒り始めた。角の光が若干強まる。
「まーったく馬っ鹿じゃねーの?エコ事業以外に何をする事があるんだよ!」
「色々あるでしょ」
「俺は普段ならお前なんか素通りしてた。でもコレを見ろ!」
男は持っていた下敷きくらいの大きさのプラ板を放ってよこした。
志保が手にとって見ると小さな字がビッシリ書かれている。
一番大きい文字を読むと・・・・・・「ギョウコク・カモシカの個体数の変動についての考察」とある。
「お前らが環境を軽視したとは言っていない。だがソイツらはここ数年減少傾向だ。
 俺はハッキリ言って怒り心頭だよ。一人じゃ何もできねぇ人のチッポケさを
 痛いほど!マァジで痛いほど感じた!もう限界だ!お前、俺を世界と関われる場所へ
 持って行ってくれ。頼む。お前知ってるぜ。でかくなりやがって。俺の一個上だけどな」
男はそれだけ喋って鼻息を荒くしている。
エコに関心がある浮浪者なのだろうか。しかし、この湖でけっこう暮らしてたような感じだ。
「私はパークレンジャーの志保。ソレを知ってるって事かな?此処、国立公園だから
 居座ってもらっちゃ困るんだけどな」
そう言ってやった。
「はぁ?!話にならねぇ!お前の親父は心の底でお前を信用してなかったんだな!
 俺は魔界最後の炎熱羊(グレンオーガ)!火祭莞爾(ヒマツリ・カンジ)だ!
 ホロキョウさんも俺の事知ってるんだぜ。お前の信用散々だな!そのポテンシャルで残念なこった!」
志保は多少イラつきを覚えた。最後若干アレだったが基本的に侮辱だ。
「炎熱羊って、・・・・・・そうか。聞いた事がある。絶滅したって・・・・・・炎を操る赤羊の亜種・・・・・・」
「お前の親父は知ってた事だが俺らはお前ら一族と契約したんだ。俺ら一族の存在を隠せってな。
 何の見返りも無く。ま大して何もしてもらったわけじゃないが。
 そんで、この辺でお前らから隠れながら一族で暮らしてたんだよ。けっこう昔からな。大体、どこのどいつも
 器量狭くてよう。亜種は迫害の対象なんだよ。もし、そうなったらアレやってやらなきゃならないだろ?
 そう。赤羊絶滅。俺らなら簡単な事だったんだ。お前ら一族は世界を救ってたんだぜ?ハハハ!」
カンジと名乗った男はカラカラ笑って実に楽しそうだった。どうも本当の事に聞こえない。
まあ、「炎出して見せてくれ」なんて言う気にはならない夜だったが・・・・・・。
「世界と関わるって何すんの?きっと、真面目に一兵卒として働いて社会の一片になるしかできないよ。
 私らの場合さぁ。存在自体がいつでも世界に切って捨てられてかまわない嗜好品なの。
 そんなので満足なのかちら?君、最後の生き残りで、動物を食べて暮らしてたのかな?
 私が生きてる間くらいは余生あると思うよ。上品なライオンが一頭居ると思えば良いんだから」
「馬鹿!てめー、ちゃんと生物学勉強しろよ!ライオンと俺じゃ大違いだ!」
「・・・・・・冗談で言ったのに・・・・・・。赤羊より赤羊なんじゃない?」
志保は少しだけ笑ってやった。本当におかしかったのだが。
「世界と関わるのなんて簡単だ。俺もちょっとは世界の仕組み知ってるからな。
 俺が、世界最強、になれば良い。それで本気で世の中に働きかければ影響力あるぜ。
 まず子供の数を減らそうぜ。環境に負荷のかからないエネルギーの創出法を開発し
 山は山のままに。最低限の都市を一極集中するんだ。最終的には狩猟採集の生活に戻ろうぜ。
 人口が十分に減ったら農業も良いな。そしたら戦争なんてどうでも良くなって
 ラグナロクが半べそになるぜ!とぉにかく世界一になれば何でもできる!俺のビジョンはそうだ!」
幼稚な理屈だが言ってる事は分かるし、夢があるのも伝わった。
「自分」にそんなにも期待できるのは「野生」で「自然の一部」だからか。
そういえば炎熱羊は独自の宗教観や生活形態を持った種族なのであった。
志保の両親が死んだ時期に、壊滅的な打撃を受けていた筈だ。功労も多いようだが。
カンジは木から下りてくる。ニヤニヤ笑ってご満悦気味だ。
自説を語る時は誰でも気持ち良くなるものだ。その辺も実に野生的。イノセンスな魂だ。
「てめえ、地球は好きか?」
カンジが突拍子も無く尋ねてくる。
志保は多少面食らう。どういう意味?
「世界を憎まなきゃ邪気が出ないでしょ?絶望の度合いで私らの強さが決まる。どっちかってーと嫌いかな?だから」
「世界と地球はイコールのモノじゃない。もっと客観的に考えれ。それが分かったら俺の使ってる武器が使える」
カンジは掌を志保の目の前に差し出して目を輝かせる。
指を一本ずつ立たせていくと掌の上にボウッと真紅の塊が姿を現す。
炎だろうか。どうやら炎熱羊である事は証明された。
「エニグマ無しじゃ大した事はできないがな、
 俺らは俺らが『地球を愛する心』の『地球力(アース)』をこうやって
 炎にして具現化する。世界を愛しても何も生まれないぜ。地球を愛するんだ。
 赤羊でも人間でもギョウコク・カモシカでもなく地球を。俺らは全体の奉仕者としてのみ
 その存在を許される。地球の守護体系として生まれてきた。最後の生き残りの俺には
 その責任が一番重く、のしかかる。俺はそんな形にならないと、もう、居心地が悪くてしょうがないんだ」
カンジはそう言って歯を剥き出して笑った。なかなか吸引力のある笑顔だ。
志保の中に疑問が生じる。
「あの、聞いて良い?」
「なに?」
「赤羊って、この先、生きてても良い存在なのかな?地球全体から見て」
少し真剣な表情を作る。
カンジはハッとした顔でしばらく炎を見つめていた。そして答える。
「赤羊や俺らは自然の論理から外れた存在。人間も半ば以上そうだけどな。魔界をデザインしたのはラグナロク。
 どれだけ精密に作ったかは分からない。人も試行錯誤を繰り返せば『自然』に漸近できるかもしれない。
 だが、あくまでもイコールにはならない。人間は自然に勝てない。赤羊もいつかは破綻するかもしれない。
 それは自然の理であって、俺よりも上位の意思が成す事だ。ラグナロクよりもっと上の存在が。
 俺の理想は赤羊も人間も自然の中に還してやる事。自然の理に服従する徒に戻す。それで良いと思ってる。
 そして俺は赤羊の亜種。自分で自分を滅ぼすなんて事をする生物なんていない。それは自然の理に反する。
 俺は赤羊を生かし続ける方法を探す。俺には種の存続なんて決められない。その程度の諦めはあった方が良い」
カンジはボーッとした顔でそれだけ言い切った。火照った顔がなんだか本当に女の子に見えてきた。
「うん・・・・・・有難う・・・・・・答えてくれて。私も赤羊はいない方が良いなんて、とても言えないよ。そんな後ろ向きなのって嫌い」
カンジはニヘラと笑った。少し理解り合えた感じがする。
志保もまた少し笑って見せた。その刹那、
カンジの炎がチリチリと音を立てたと思ったら、勢い良く炎の濁流が迸りカンジの耳の横を通り抜けた。
さらにもう一筋、志保の方に向かおうとする。
「氷蟲!」
志保は咄嗟に大気中の水蒸気を凍らせた。カンジの掌が一瞬で氷りつく。
カンジは尻餅をつく。
志保もその時はかなり焦っていた。カンジの後ろの樹が吹っ飛んだ。
確かに口だけじゃなく、使える赤羊かもしれない。
カンジは肩でゼエゼエ息をしている。本人も相当焦ったらしい。
「駄目だ・・・・・・」
志保は溜息をついた。悪気じゃ無いのはよく分かった。
「ハートが昂ぶったみたいだ。俺のパトスが燃えてる・・・・・・。偶になるんだ。人と関わるのって色々高まるな」
「何ソレ?厭らしい」
志保はヘヘッと笑った。冗談じゃないかもしれない。まあ、悪い気はしない。
「人ってのも案外面白い生き物なのかもな。自然から外れかけている存在。俺自身もそうなんだ。関わると、ワクワクする」
カンジは火照った顔でそう言った。誤解してしまうではないか。志保は思う。
「アンタの邪気・・・・・・身体の芯まで凍えるようだ。影響範囲に入ると冷たかった。
どうなってんだろうな?冷たい邪気なんて聞いた事が無い。血筋か?
 俺はあんな風に偶に暴発するんだ。炎がな。感情と半分、連動してる。これから本気で動き出したらその傾向はますます
 加速するかもしれない・・・・・・。た・・・・・・頼んで良いか?アンタ、なるたけ俺と一緒に居てくれない・・・・・・かな・・・・・・?
 俺の炎を抑えられると思う。多分。そう・・・・・・親父が言ってた・・・・・・暴発は炎熱羊を殺す事がある・・・・・・」
カンジは威勢を消して消え入るように言った。
志保はまた溜息をつく。まったくまったく。
「良いよ。赤の他人じゃ、そんなの変だよね?仲間になろうよ。私はね。君が気に入ったの。なかなかに。面白くてね」
ニパッと笑って見せた。
面食らったカンジも徐々に笑顔になる。表情を作るのがあまり得意でない感じだ。
「あ・・・・・・ああ・・・・・・有難う・・・・・・」
そこで握手を求めてきた。ちょっと躊躇って志保も手を差し出す。握り締められた二人の手。
カンジはギョッとする。
「つ・・・・・・冷てぇ?!なんだこの手?!マジぱねぇ!」
志保は苦笑いする。
「んね?君、良い線行ってたんだよ。私は冷たい女・・・・・・。体質と性格・・・・・・。本当・・・・・・自分でもどうなってんだろうって思うよ」
カンジは目を爛爛と輝かせる。
「スゲエ!」
ズレた物言い。志保は、悪くない、と思った。
「さっ、行こう。私ん家でシチューを振舞ってしんぜよう」
「アンタ、そんな手なのにシチューかよ?!」
そう言って、犬が尻尾を振るようにカンジは志保の後をついて行った。

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