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第七話「されど犬走る」









第七話「されど犬走る」(前編)










戦争ごっこへの参加を決意してから半年後、
ミズエは3歳の誕生日を迎える。
ちょうど戦争ごっこへの参加の日である。




無人の都市部で行われる小規模な試合。

しかし全国ネットのテレビ中継もなされている。

ミズエはその3時間前になるとガタガタ震えだしたので、
ナナセがずっと手を繋いでいた。



「大丈夫だよ。この娘、本番に強いタイプよ」



アゲハがそう言っていたが、ナナセは「だから何だ」と思った。

そもそも「ミズエを戦争ごっこに連れて行かないか」と最初に言いだしたムスイは、
シンプルで他の参加者を馬鹿にしたような作戦を立てた。

ムスイの「邪宗門」というエニグマは、剣の柄のような形をしており、
無数に枝分かれする触手が伸び、複数の相手の虚を突いて致命傷を負わせられる
えげつない代物である。

これを用いてミズエの周囲500メートル以内に侵入する敵戦力のほとんどを抹殺し、
ムスイがミズエを守っている事を悟らせないように
一人ずつ敵戦力をミズエと戦わせるように仕向ける。

空からの攻撃の防御はアゲハが担当し、
無数の蝶型ロボットのエニグマ「アテニア」(分裂したり合体したりする)のシールド効果を用いる。

ムスイらの属する隊の者にはミズエには近づくなと言ってある。
ナナセとプラトは邪宗門で倒しきれない実力者をガチンコで倒す役である。


「娘の初めてに臨むにあたって、これくらいの準備はしても良いのでは」というのがムスイの考えである。
防御は完璧とは言えないが、妥協するしかない。










ミズエはナナセに手を握ってもらいながら考えていた。
戦争ごっこに参加するしかない事はずっと前から分かっていた事だか、
若干3歳の魂は人の命を奪わねば生きていけない事について
どう理解し、どう納得していくかについては
まだまだ不安定な気持ちを抱えている。

ムスイもプラトも
「人の命を奪う事についてどう考えれば納得できるか」という事については教えてくれなかった。
「自分で考えてほしい」という事らしい。そういう教育方針なのだ。

ムスイもプラトも初めて同族を殺した時は無我夢中で
殺る前に悩んだり考えたりする事はできなかったのだと言っていた。

いわば、今、自分が抱えている逡巡や躊躇いは「贅沢な悩みであるのだ」とミズエは自覚した。




ミズエはやがてこう考えるようになる。
ずっと思っていた「自分は捨てられた赤羊であるのに理不尽な程の愛情を受けて生きてきた」
「何処かで恩を返さなければならない」「バランスをとらなければならない」という気持ち。



その気持ちから端を発し、
「自分の身体も脳も思考も能力も境遇も全てプラトさんやアジトや皆のおかげで創られ、成り立っている」と
まず考え、
そして「プラトもアジトの皆もまた、他の誰かの力添えによって成り立っている」
「つまり、自分の能力も身体も、この白峰県のおかげで、暁国のおかげで、社会のおかげで、世界のおかげで、
魔界のおかげで成り立っているんだ」と思い、



「ならば自分の拳も脳も顔も名前も、自分を成り立たせてくれた『社会』『暁国』『魔界』『アジトの皆』の為に
使わなければならない。使うべきである」とついには思った。



そして「戦争ごっこをしてでも生活を成り立たせられなければ
自分の身体も名前も能力も全てこの世から消えてしまう。
今まで社会やアジトの皆から受けた愛や恩が全て無駄になってしまう」

「戦争ごっこは赤羊に社会が求めている『役割』だ」
「ヤらなければ」

という意識に至り、



ずっとそんな事をゴニョゴニョ考えた末にミズエは

「自分も世界の一部なんだ」とか、
「自分にも社会から期待されている役割があるんだ」とか、
「自分は自分の期待されている役割を遂行する能力があるかもしれない」とか、
「役割を遂行できている間は『生きていても良いんだ』」とか、
「自分が世界の一部だって思えるって事で凄く安心できる」などという、

かなりズッシリと安定感のある気持ちになっていき、
やがて戦う事について、静かに前向きな気持ちを持てるようになっていった。



ミズエの眼が震えだした時よりも澄んできた事を発見したナナセは
じっとミズエの眼を見ていた。
ミズエは「その思い」を簡単にナナセに伝える。
ソレを聞くとナナセは、




「ソレが本当の『社会性』っていうヤツだよ」
「凄いなミズエちゃんは・・・こんな年齢でそんな気持ちになれるなんて・・・」
「偉いな」




と柔和に笑ってミズエに言った。
ナナセが本当に認めてくれているのが分かって、ミズエはさらに安心して前向きな気持ちになった。

「アタイは『世界の一部』で良いんだ。そのままでOKなんだ」
「社会の為に、この両の拳を使って良いんだ」
「そうする事は怖いけど・・・ヤれる!」

もう一度、そう思い込んで、
ミズエはまた味方の群れの中で佇んで
相手の隊とも戦闘が始まるのを待った。





「社会から与えられた役目は、アタイと社会を繋ぐ絆になってくれる」





そんな静かで強い気持ちがあった。
プラトはナナセとミズエの少し前に立っていたが、
ミズエが落ち着きを取り戻したので振り向いて、



「・・・実力を出し切れば大丈夫な筈。いつも通りやってよ」
「逆に言うと躊躇いやビビりは死に直結する」
「気負い過ぎるのも駄目だけどね」


「アタイもみーちゃんもどっちも後悔しない為に・・・言っとかなきゃならない事がある」

ミズエの瞳の中をじっくり見つめたままのプラトはそこで一呼吸置いて、
最後に言いきった。




「才能の・・・出し惜しみをするな・・・!」




それから少し柔和に笑って、また前を向くプラト。

ミズエの感情が揺さぶられ、心臓が大きくドクンと脈打ち、
またしばらくして落ち着きを取り戻した。
















第七話「されど犬走る」(中編)










こうしてミズエの初の戦闘にして
ムスイ・プラト・アゲハ・ナナセの4人の全面協力による
戦争ごっこは幕を開けた。

作戦は計画通り遂行され
入り組んだ区域を使って
ミズエと相手(10代であろう)の一対一の状況を作る事ができた。

相手はミズエを舐めていたが先に手を出す。
ミズエはカウンターを決めてその相手を一撃で爆散させた。

爆音夢花火というエニグマは手袋型で
自分の意思と連動して、触れた相手を爆破できる。

一方、深夜特急はブーツ型であり、後ろについている推進力で
機動力を上げ、スピードを爆発的に上げる事ができる。


ムスイとフェリーツェの考え方によると、
爆音夢花火でミズエの拳に一撃必殺の破壊力を備えさせ、
深夜特急で回避能力や機動力を大人を大きく上回るほどに上げれば、
大人の普通の赤羊との一対一の近距離戦であれば、
ほとんど問題無く倒せるであろう、という事であった。

下手に複雑なエニグマを使わせるより
基礎的な戦闘力を底上げした方が安全だろうという考えだ。
なにしろ、まだミズエは三歳である。
それでも意識は高いし、才能もある。
チャランポランに生きてる普通の赤羊なら何とかなる・・・と踏んだのだ。




ミズエは意思の強い澄んだ目で
目の前に現れた相手に一生懸命取り組み、
休み時間を入れつつ、2時間で4人の大人赤羊を撃破した。
他の者達が真面目に戦っている事を考えると
明らかに邪道な戦い方である。

ナナセは戦う前のミズエの言葉を聞いて、
かなり今回の戦いに手応えを感じていた。

子供な真摯な姿勢を見せられて、「絶対守ろう!頑張らせてあげよう!」という気持ちになっていたし、
ある意味で安心していた。

アゲハはプラトが近くに来た時に
「次の機会はハンディカムでも持ってこようか?」と軽口を叩き、
プラトにどつかれていた。


ムスイはニコニコ笑って、ミズエの居る区域に近づく相手方の赤羊を
労せずに死角から倒していっていたが、
ムスイだって内心、喜んでいるだろう、とプラトは想像していた。











結局、開始から3時間ほど経った頃に戦闘は終わった。
ムスイ達の相手方の6割以上の戦力が無力化されたからである。

ムスイ達は4人で「とりあえず今日はミズエを守りつつ育てる事に100パーセントの力を使おうぜ!」と
他の参加者を舐めたような作戦を展開していたわけだが、
相手方の戦力に甚大な被害をもたらし、とどめを刺し、勝敗を決したキーマンは
ムスイ達4人の中のナナセであった。


何故、ただミズエを守っていただけなのに、ナナセがそんな戦果をあげる事になったかというと、
戦闘の終盤でミズエの居た区域に強い赤羊が押し寄せ、
ムスイ、プラト、ナナセの守りを突破し、
それらの者達とミズエが戦う事になった事がきっかけであった。

ミズエが一対一とはいえ6人の大人の赤羊を倒した事で、
明るいが同時に楽観的でもあるプラトの気は少しだけ緩んでおり、
同時に複数の方向から移動してきた相手方の赤羊の
ミズエの居る区域への侵入を許し、
応戦する事になったミズエは善戦するがテンパって頬に裂傷を負わされる事になる。


命に別状のあるレベルの傷では無かったが、
ミズエの頬から吹き出る新鮮な赤い血を目撃したナナセは
他の何もかも考えられなくなる程の気の動転を見せ、
一瞬でミズエを救い出すと、傷を負わせた赤羊達を鷹のような目で睨みつけた。

フォローに入っていたムスイとアゲハは
ナナセの精神状態がやばい状態に入った事を認識し・・・
つまり「ブチ切れてしまった事」を認識し・・・


相手の赤羊を無力化する事より、
ミズエを連れてその場から遠く離れる事の方が遥かに重要であると
即座に判断した。



ムスイとアゲハの警備網が無くなった事で他の相手の赤羊達も
偶然にナナセとミズエの居る区域に侵入してくる。


ムスイは瞬時に邪宗門の触手を伸ばし、
ミズエを絡めとって引っ込め、ミズエを自らの腕の中に救いだした。
そしてアゲハとプラトと共に全速力でナナセから離れる。


集まってきた相手方の赤羊達は気の優しそうだった若い赤羊であるナナセを
さっさと殺そうとするが、程なくナナセを取り巻く大気が急速に熱を帯びてきている事に気づく。

ナナセの小さな角は有機的にギシギシ音を立てながら、ヘラジカの角のような大きさ・形状になる。
ナナセはゴニョゴニョと意味不明な単語を呟いた末、
プレッシャーに圧倒される敵赤羊の群れに言い放った。



「(ゴニョゴニョ)・・・僕の妹に手を出すな・・・!」



その言葉と共にナナセの両の腕は付け根まで赤熱し、恐ろしい温度の熱波を周囲に発散させ始める。




「太陽と戦慄(ペケレチュプカムイ)・・・!」



両の眼を赤く光らせながらナナセがそう叫ぶと、
生きとし生ける者を問答無用で殺傷する悪夢のような熱波がナナセを中心に周囲を焼け焦がす。

ナナセを取り囲む敵方の赤羊の群れは
ある者は全身が炭化し、ある者は全身の水分が沸騰し、ある者は皮膚を焼け爛れさせた状態になる。

あまりの熱波の速度と威力に、どの赤羊も一瞬しか何が起きたのか認識できなかった。

周囲の建物の外壁を溶かすほどの強力な熱波であった。



周囲の赤羊の群れを一瞬で殲滅したナナセは、いつもの面影など何処にも無い
いやらしい表情を顔に張り付けて微笑み。

脱兎の勢いで他の敵方の赤羊を狩りに赴いたという。
己の内で花を咲かせた憎悪と怒りを全て熱エネルギーとして発散させなければ、
いつものような優しいナナセには戻れないのだ。


4人の中で一番幼いナナセは、まだそのような不安定で未熟な魂を抱えていた。



ムスイ達は、ナナセから遠く離れた建物の上で大事をとっておくという
チームワークを見せた。
アゲハが応急処置をするが、やはりそんなに大した傷はもらっていなかった。


「ほら。ミズエちゃんだけじゃなくて、ナナセたんも発展途上なんだよね」
「分かってあげてね」


アゲハがミズエに言った。





「想定の範囲内」






ムスイが何処を見るでもなく呟いた。


ミズエは目を潤ませて怒声と悲鳴の入り混じる街の中心部の方をじっと見つめていた。
その間にナナセは三桁に達するような敵方の赤羊をその両の腕で炭化させていっていたという。






七話挿し絵「ナナセの逆鱗に触れる」






第七話「されど犬走る」(後編)






戦闘は終わり、ムスイは5人分の支給金を受け取りに行ってしまった。


「6人倒せたな。良くやったゾ?ミズエ」と


終わった直後にミズエの頭を撫でながらムスイは言っていた。
他の4人はそのムスイをまだ市街地の中で待ちながら休憩している。


プラトは応急処置の済んだミズエと手を繋いで、一緒に花壇の端に座っている。
ナナセは道路上で座禅を組んで瞑想していて、アゲハはそれに対して、偶に鞭で打っている。


「うふふ・・・ナナセたん、己の内に秘めたヤンデレがついに

 愛しのミズエちゃんにバレちゃったって感じ?」

「修行が足りませんでした。『愛しの』ってのは語弊があります」

「ほら。もっと『明鏡止水』のココロ持ちを身につけないと。あんな事でブチキレてるようじゃ、

 紳士として見てあげないよ?まだまだガキに違いないね」

「『明鏡止水』ですか?」

「・・・御免。適当に言っただけ。意味はよく分かんない」

「いいえ。多分当ってますよ」


そんなアゲハとナナセの会話が聞こえる。
偶に響く鞭で打つ高音が鳴り響く。

座禅と鞭打ちで、静止した水のような、邪念の無い、明るく澄みきったココロを作る
練習をしているのだろう。
道具は少し違うが、間違ってはいないように思われる。
ただし、鞭を打つアゲハの眼が三日月形をしており、何か邪な事を考えているかのように
ニヤけて歪んでいる。

「座禅の修業が必要なのはアゲハも同じなのではないか?」とプラトは思った。




プラトの手に、リズム良く血液が供給される震動が伝わってくる。
ミズエはまだ興奮が冷めやっていないらしい。

初めての戦闘の感想をもう少し突っ込んで聞きたいと思ったが、
まだまだその瞳の中に混乱の色が見えていたので、
もう少し、手を繋いだままで待つ事にした。
アジトに帰って落ち着いてから色々聞こう、と思った。

プラトは、ミズエはいつも通りの能力を発揮し、
上手く初の戦闘を潜り抜けて見せた、と評価していた。

「もうこれ以上戦わせる事はできない!危険だ!」と思わずにはいられないような
危なっかしさは無かったし、

ミズエのメンタル面も、戦っている最中は堂には行ったモノで、
「次も行ける」「次はもっと上手く立ち回れる」「回を重ねる毎にどんどん強くなれる」
という類の明日への希望を十分に持てる感じだった。

なので、近い将来、またミズエを戦わせる事にあまり疑問は無かった。

それに対して、自分達大人の作戦が完全に成功しなかった事ばかりが気になった。

ナナセはどう見ても、アゲハと軽く喋っている風に見せかけて、
内心、凄く落ち込んでいそうな顔をしていた。
でも、彼を責める気はプラトの中には1ミリも無くて、
自分を責める気持ちばかり、後から後から湧いてきた。



不思議な感覚であった。
プラトは、赤羊的に見ても、幼少時はかなり劣悪な環境で生きてきた。
そういう不幸を力強く乗り越える為に、
豪放磊落で自分を疑う事を知らない、明るく、悪く言えば楽観的な性格を
身につけたのかもしれない。
そういうココロの鎧的なモノを身につけたのかもしれない。

しかし今、「自分よりずっと弱く」「自分自身より、もしかしたら大切な」
仲間・・・娘であるミズエと、肩を並べて戦う事になった。

楽観的である事は、あくまで自分のココロを軽くしたり守ったりする作用を持つだけであって、
真の意味での「現実をやり過ごす為の実力」なんかではない。


極端に言ってしまえば、楽観的である事は単なる気休めに過ぎない。


その事を知らなかったわけではない。
でも自分のココロを守る為には気休めだって必要なんだって思っていた。
だから楽観的である自分を恥じる気持ちは大して無かった。



でも、ミズエのカラダもココロもミズエの物であって、
プラトがミズエに関して楽観的に考える事は、プラト自身のココロを守る意味しか無い。
そんな事では、ミズエを現実から守る事はできない。


プラトはそういう事に気づいた。
ミズエを現実から守る為には、ミズエに関しては悲観的に考えなければならないと気付いた。


プラトはミズエの手を握ったままで思う。



(これが守るべきモノを持つって事か・・・)
(今までの自分の考えを、守るべきモノにも適用する事はできない事もあるんだ)
(色々、今まで考えなかった事を考えなきゃならない)
(悲観的に考える事も必要か・・・)
(みーちゃんが生命の危機に瀕して初めて思いつくなんて、本当にアタイは能天気だな・・・)


そこまで思って隣のミズエの顔を覗き見る。

その瞳の中に、疲れと達成感と困惑の色を見出し、
プラトは少し笑う。




(大人の階段登ってる感じするな・・・。アタイ自身も)
(この子の為にも・・・もっともっと強くならなくては・・・)




プラトはまた決意を新たにする。
ミズエに対する見方も少し変わった。


そして、重いプレッシャーを感じると共に、
自分の青春の色の深みがまた少し増した感じがした。





おそらく、プレッシャーと誇りが重ねてくれた人生の色の深みであろう。
プラトは思った。





(続く)



七話挿し絵「プラトの決意」
ミズエちゃんの初めての戦闘 配置図

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