第二話「一人称、アタイ」
野生動物のように、赤子の時代が短い赤羊という種であるが、焼却炉に捨てられていたミズエはまだ二足歩行できない状態であった。
徒党を組んでいる赤羊15人全員は一生懸命彼女と関わろうと欲したが、
まず最初に彼女が懐いたのはプラトであった。
「流石、違いが分かる女だよね。みーちゃん(ミズエの事)も大きくなったらアタイみたいな素敵な女性になるんだよ?」
そう言ってプラトは調子に乗っていた。
そう言われるとミズエも「だぁ」と言葉を返す。
そして、ミズエはアゲハが縫った赤子用の衣服を纏い、行儀良く何ヶ月かを過ごした。
母親や父親の不在には関心を示さなかったし、
15人の内、全員がアジトから出払っている時も面倒を起こさなかった。
絵本を置いておくと熱心にそれを読み、
並みの小学生より手がかからない、と評判であった。
そして、ほとんど問題無く話せるようになったのは半年くらい経った頃の事であった。
その事で15人は皆、ある一定の認識をミズエに対して持つに至った。
「無茶苦茶頭良い、この娘・・・」と。
客観的に判断して、自分達の世代にはほぼ無いと言っても過言では無い程の
才能の煌めきを感じさせた。
こうなると、「その気」になる者が現れ、
8ヶ月目には、ミズエは誰かから与えられた、ニュートンの「プリンキピア」という本を熟読していた。
ちゃんと理解できているらしい。
「うーわ。天才だわ。この娘。ウチの後継を務められるね。ウチと同じニュータイプなんだ・・・って感じ?」
知性派のアゲハもこの頃、ミズエの才能を完全に認めたようだ。
アゲハは自分の事を半分冗談で「ニュータイプ」と呼んでいるが、
実際、赤羊としては常軌を逸している程に頭が良く、独学で農芸化学を修めている。
そのアゲハが言うには、
「こういう頭の良い赤羊が最近よく産まれているっていう話は聞くよ。
・・・それにしても出来が良い方だと思うのね。みーちゃんは。ウチは冷静だから親馬鹿なんて無いからね。言っとくけど」
との事だった。
常日頃は最大限に親馬鹿を発揮しているプラトだったが、
その客観力を特に信頼している親友のアゲハの言葉で冷静さを取り戻し、
「もしかして何か特別な教育をするべきなんじゃないか」という気に初めてなってきた。
(みーちゃんは、もしかしたらアタイ達より、もっとずっと遠くまで飛べる鳥なのかもしれない・・・)
(でっかくなりたいアタイよりずっとでっかくなれるのかもしれない・・・)
そう思った。
(よし。ならば家族会議だ)
プラトはそう決意するに至った。
「みーちゃんの才能を活かす為に何をすれば良いか?」という議題で15人で会議をする事にしたのだ。
・・・そして、その週のサタデー・ナイトに行われた会議において、
ムスイが事も無げにこんな発言をした。
「天才の扱いなら天才に聞くのが良いだろ。俺のメル友の大脳特化型赤羊のフェリーツェたんに相談すると良いゾ?」
その発言で会議の場は凍りつく。
プラトの眉間に青筋が入っていくのが観察された。
アゲハが口に手を当てて、目を三日月形にしてニヤついている。
数秒の沈黙があり・・・
「スッゲエエエエ!ムスイさん、いつのまにそんな有名人とメル友になってたんですか?!」
裏表の無い性格のナナセの無邪気な大声が響いた。
プラトの表情が正視できないほど邪悪なモノに変わっていく。
「えっ。ちょっと前に、ストライク・フリーダムでも放送された、ちょっと大きな戦争ごっこに出場したんだ。
それをフェリーツェちゃん、見てたらしくてさ。ちょっとしてから、俺のブログにコメント残してくれたんだ。
本当にビックリしたけど、フェリーツェちゃん、天才である以前に超可愛いから、
『この縁は大事にしたいなー!』って思って非公開メッセージを彼女のブログにつけて
それでメールする仲になった。まだリアルで会った事無いんだけどね。
天才の発想って煌めきに満ちててさ、俺はフェリーツェたんの事・・・」
「好きだな」
ムスイはペラペラそこまで喋った。
「なんか変な所が素直だよね。ムスイたんは」
アゲハが横目でプラトを見ながら言った。
「でな。良い奴だから、助言を頼もうぜ。もう一回言うけど」
気にせずムスイが喋る。
気付くと、プラトは机に突っ伏して、さめざめ泣いていた。
怒りより悲しみが勝ったらしい。
「別に大脳特化型ったって教育に関して詳しいわけじゃないでしょ?」
アゲハがペンをくるくる回しながら言う。
「いや、アゲハも大脳特化型の事を表面的にしか知らないだろうけど、アイツらはそうじゃないぜ。
アイツらはオール・マイティーだ。二百物も三百物も天から貰ってるゾ?」
ムスイが笑顔で答える。
「本当に凄いね。ムスイさんは。・・・そうだ。優れたエニグマを何かと交換にいただけたりもできないかな?」
ナナセが目に星を宿して言う。
「まぁ、おいおいね。打算的な関係って好きじゃないんだよね。俺。もっと積み上げてからって事」
「ジュンちゃん。器小さいよ。大した事じゃないからアンタも何かコメントしなよって感じ?」
起き上って涙をゴシゴシ拭くプラト。目が赤い。
呼吸を落ちつけてから彼女はこう言った。
「・・・良いと思う。フェリーツェさんに相談しよう。ただし、相談するのは常にアタイの役。
ムスイが出すメールは全部アタイがチェックする」
「というわけで、アタイも大脳特化型赤羊のフェリーツェさんのメル友になります。よろしく」
皆が微妙なニュアンスの笑顔をプラトに向ける。
こうして、終生の親友となるプラトとフェリーツェの関係は、ミズエを触媒として始まったのである。

※
「プラトさんはなんで自分の事をアタイって言うの?」
プラトが台所に立っていた時、後ろからミズエが聞いた。
プラトは困った表情を作る。
「ほ・・・ほら、なんかワイルドな感じして格好良くない?
高貴な人々へのアンチ・テーゼってゆーか・・・。
・・・あのさ、本当は「ワタシ」って言うのが正しいんだけど、
それを上手く発音できない人が『アタイ』って言うんだけどね・・・?本当は・・・」
狼狽しながらプラトは言った。
ミズエは澄んだ目でプラトをじっと見つめている。
そのまま、しばらく沈黙が続き・・・
「私、プラトさんの事、尊敬してます。だから私もプラトさんと同じが良い」
「アタイ、プラトさんみたいな素敵な女性になりたい!」
ミズエがそう言った。
プラトの顔が青ざめる。
「だ・・・駄目だって。アンタ、頭良いんだからそんな一人称じゃ・・・。
ちゃんとした場所に出られないよ?
・・・困ったな・・・。染みついちゃって直せないんだよね。アタイは。
何処までもダウンタウン出身だからねぇ・・・プラトさんは」
「でも、素敵な人だと思います」
そう言ったミズエを見て、プラトの顔が少し綻ぶ。
「アタイは、ただの底抜けに粗暴な脳筋女だよ・・・」
「みーちゃんにはアタイみたいになってほしくないんだけどな・・・」
「みーちゃんは本当に素敵な才能を持ってるんだから・・・」
そう言いながら、プラトの胸に何とも言えない幸福感が去来する。
プラトが笑っているのを見て、ミズエも笑顔になる。
「アタイは『アタイがなりたい人』になりなす。ならせていただきます。プラトさんが大好きです」
プラトは照れ隠しでソッポを向く。
「まいったな・・・」
そう言いながら、
ミズエをちゃんとした大人に育てる事が神様から与えられた自分の役目なのではないか?
「役目」っていうのは
「自分の為に何かする事」ではない。
「自分じゃない誰かの為になる何かをする事」なんだろう。
「自分が自分が」・・・って言ってても、何も積みあがらないよ。
「でっかい事」をするのは・・・きっと「自分の為」では無いんだ。
そうあるべきではないんだ。
と、プラトは思考した。