第十二話「或る炎熱羊の夢」
第十二話「或る炎熱羊の夢」(前編)
ミズエが6歳となった頃には、
ミズエの建てた孤児院「トライデント・タックル」には
有志の人間、数名を雇った上で、14人の親の無い赤羊の幼児が暮らしていた。
全員、白峰県内で拾われた子供達である。
他者とのコミュニケーション全般を苦手とする「赤羊」という種であるから、
親子間のコミュニケーションもまた、上手くいかない事が多いのであろう。
彼らが捨てられた理由も、赤羊そのものの性質と深い関連があるものと思われる。
「子に興味が無い」「子と上手く意思疎通できない」「意思疎通できないから子の価値を感じられない」
「子ですら闘争の対象になる」「親に興味が無い」etc・・・
お互いが離れて暮らすようになる要素はとても多く、根の深い問題である。
苦労して高い戦闘力を得られた事が自分達の精神に「良く」作用し、
そこそこ安定したココロと生活(死と隣り合わせではあるが)を享受している
ムスイ達でさえ、ミズエと関わるにあたって、色々問題を抱えている。
「ミズエとの接し方が分からない」のはムスイ達にとっても同じ事である。
それでも、奇跡的に素直で(再度捨てられない為にミズエは努力して素直に振舞っている)
優秀なミズエであったから、騙し騙しでも一緒に暮らしてくる事ができた。
ムスイ達はそう思っていた。
しかし、そんな日々ももうすぐ終わってしまう。
ムスイ達が自分勝手で残酷な欲望のままに、人間の都市に対するテロ行為を行いに赴く日は近い。
※
ミズエは週に一回のペースでまだTV電話などを通じて
大脳特化型赤羊フェリーツェに家庭教師をしてもらっていた。
しかし、その内容は、終盤になると雑談が主となり、プラトの噂など、くだらない話題ばかりであった。
フェリーツェは大脳特化型にしては情が深く(テロ行為を画策しているが)精神は健全であったので、
ミズエとの雑談のような、科学者がやる事・・・という観点で考えると「無駄」と言える行為でも
面白がって長時間するような所があった。
出来の良い健全な赤羊の少女との会話・・・というのも発達心理や群集心理も専門とする
フェリーツェにとっては多分にエキセントリックで興が乗る行為だったようだ。
「ミズエちゃんはジュンちゃん達と離れ離れになるのは・・・寂しいのカナ?」
「・・・なーんて、寂しいに決まってるだろうけどね」
「でも、あなた、親の決めた事に反発するような子じゃないよね」
「たとえ、その存在そのものを失う事になろうとも・・・」
「押し込めた『欲するココロ』・・・。出来が良かった。自分の立場を客観的にすぐに把握できた・・・」
「でも、『自分を殺してる感』は否めなくて・・・」
「・・・あァ・・・。少し不憫に思いますわ・・・」
「近い将来・・・あなたは『深い孤独』に苛まされる事になるハズ・・・」
「たとえ、ソレが、歴代の大脳特化型赤羊が抱えた孤独と比べれば・・・どって事ないレヴェルの孤独だとしても・・・」
「無視はできない・・・。、ボクの可愛い・・・いや、それほどでもないけど・・・」
「とにかく愛弟子・・・いや、「マナ」っておかしいけど・・・」
「少しは力になりたい・・・」
「ボクと『見えない繋がり』のある暁国の赤羊や、人間の企業に・・・ミズエちゃんの面倒を見るように話をつけておきますわ」
「その方々をリストアップして後で送りましょう・・・」
「それでも・・・赤羊なら戦って生きていかざるはえないでしょうけど・・・」
「そういう類の問題については・・・どうにかる・・・どうにかするんですわよねェ・・・?」
フェリーツェは画面越しにミズエに語りかける。
ミズエは強く拳と拳をかち合わせて、フェリーツェの目を正視する。
「有難うございます!アタイ、自惚れてません!」
「ご厚意は、有り難く受け取り、活かします。生き残る為に・・・フェリーツェさんに今後もガッツリ頼らせてもらいます!」
「そして、戦いの人生は望む所・・・」
「アタイには戦いの才能がある。出し惜しみはしない・・・」
「才能の出し惜しみをするなって・・・プラトさんがいつも言ってる・・・!」
「ズルイ事せずに、自分の両の足で立って、自分で自分の面倒見てこそ・・・人はいっぱしになれる」
「ムスイさんもいつもそう言ってる・・・」
「他人に頼っても・・・基本的には一人の足で立ってこそ、アタイの独立欲求も満たされる・・・」
「アタイはもう・・・独立欲求も愛情欲求も満たせたんだ」
「アタイは、アタイになれた・・・」
「もう・・・一人で生(い)けますよ・・・」
6歳のミズエは、今までになかったビビッドな笑みを浮かべて、
そうフェリーツェに向かって言い放った。
フェリーツェはそれを見て、上品に笑う。
「その気概は天晴れ・・・と言わざるを得ませんわ」
「ちょっと無理してるようにも見えちゃうんだけども・・・」
「女の子にも・・・無理しなきゃいけない時もありますわよね・・・?」
「ただ・・・『独立欲求』だとかなんとか・・・テクニカル・ターム使ってたけど・・・」
「そんなに世の中・・・1+1=2で割り切れるモノばかりでもないですわよ・・・?」
「科学者だからこそ・・・忠告しますわ」
「これから、いくらミズエちゃんの頭の中に『知識』が増えても・・・」
「『世の中の事は全部アタイの網膜に映る』・・・」
「『顕微鏡を覗き込むみたいに、どんな世界も見通せる』・・・」
「・・・なんて思わない方が良いですわ」
「どんな天才だって・・・ボクだって・・・」
「墓標に刻む言葉は『I can't understand(よく分かりませんでした)』で決まり!なんですから・・・」
「『自分の生まれてきた意味は何か』とか・・・」
「『自分はいったい何者か』とか・・・」
「死ぬまで精一杯生きれば、そういうのも分かるって言う人も居るかもしれないけど・・・」
「アレはただの錯覚ですわ。爺さんの意地と惰性で適当に判断してるのを、有り難く感じ入ってるだけ・・・」
「『世の中、死ぬまで分かんない事だらけ』ってのが正しい・・・」
「『よく理解らない』って鳴き声・・・最高にセクシーな鳴き声でございましょう・・・?」
「そんな風に鳴くのは人間と赤羊だけですわ・・・」
「そんな知的な鳴き声で鳴けるから・・・」
「人間にも赤羊にも・・・同程度の価値は少なくともある・・・」
「二者は平等・・・尊敬し合ってしかるべき・・・」
「ボクはそう思いますの」
ミズエはフェリーツェの話を聞いて、頷き・・・
そして少ししてから苦笑い。
「・・・。お話、痛み入ります」
「確かに『よく分かりません』。・・・アタイ、無理して、知的から遠ざかってましたね」
「ココロが穏やかな時に理詰めで納得しても・・・」
「ふとした拍子に、グチャグチャな気持ちが波になって押し寄せる・・・」
「・・・これじゃ、とてもとても『納得できた』なんて、言えない筈です」
「自分の気持ちがどうなってるのか、理解できてません・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・でもね・・・」
「・・・でも、アタイ・・・」
「・・・」
「・・・絶対、頑張りますから!」
パッと顔を上げてそう言って、目を輝かせるミズエ。
フェリーツェはビックリして両手で口を可愛らしく覆った。
そのまましばらく静止して、
その後、目を潤ませてキラキラさせ始めた。
「おお・・・おおッ!ボクは純真な少女になんと意地悪な事をのたまってしまったんでしょうか・・・!」
「感動しました・・・!あなたはボクの愛弟子ですよ・・・!」
「ストライクフリーダムには、あなたみたいなイジラシイ良い娘、おりませんもの・・・!」
「・・・」
「まぁ、と言っても、今より良く扱ってさしあげる事はしませんのですけどもね・・・」
「うふふふ・・・」
相変わらず、何処かがふざけた調子でフェリーツェは大いに感動した。
ミズエはまた苦笑い。
でも、気持ちがまだグチャグチャである事を自覚できて、良かったと思い、
フェリーツェに感謝した。
それでも、独り立ちしようという覚悟もまた決める事ができた。
※
第十二話「或る炎熱羊の夢」(中編)
プラトとムスイは夫婦だけの苛烈な修行を始め、
アゲハは人間のオーナーとの、引き継ぎの交渉か何かで忙しくしていた。
ナナセとミズエは、偶に郊外の瞑想場所で出会う。
出会う度に色んな話をした。
ナナセは自分の言葉をミズエの頭の中に少しでも残しておく事について、
かなり執着しているようであった。
その日も二人は瞑想場所で出会い、少し話をする。
「・・・もうすぐお別れだね」
「ミズエちゃんはプラトさんと別れるのが辛いだろう・・・」
「でも、君がずっと素直なココロを持ち続けていたら、きっと何とかなるよ」
ナナセは涼しそうな顔でミズエに話しかける。
「ナナセさんと別れるのも辛いです」
「結局、色々優しくしてもらったのに、何も返せなかった・・・」
体育座りしているミズエが言う。
ナナセはニッと笑う。
「なに。ご縁があっただけさ。お礼なら神様に言うと良い。ラグナロクさんじゃなくて、君の神様に」
「・・・でも、そうねぇ・・・」
「僕も少し、ミズエちゃんに要求しても良いかも」
ナナセは首を傾ける。
キョトンとするミズエ。
「僕は・・・定期的に、暁国の炎熱羊の集会・・・寄り合いに出席してるんだけどさ・・・」
「そこで、偶に、僕より年上の炎熱羊の方が連れてこられた、炎熱羊の幼児に出会って、遊ぶ事があったんだ」
「炎熱羊の固有の文化・・・ってモノがあってね・・・」
「多分に原始的(プリミティブ)な感じの・・・。炎熱羊だけの宗教みたいなモノもある」
「普段は方々で生活している炎熱羊だけど、偶に集まって、そんな文化の保護の為に色んな催しモノをしたりもする」
「寄り合いに炎熱羊の幼児を連れてきて、仲間の存在を認知させて、『そういう炎熱羊の固有の文化も大事なんだ』って意識を芽生えさせる・・・」
「そういう目的がある・・・んだと僕は思ってるけど・・・」
「ま、とにかく、幼児達は大人の会議を聞いて、何かを吸収しようと、何かを受け継ごうと、頑張るわけだ」
「それぞれ個性があって可愛くてさ・・・五十六(イソロク)君に美鳥(ピリカ)ちゃん・・・それに幹次(カンジ)君・・・なんて名前の子に会った」
「その子達を見ながら、ミズエちゃんの事を思い出したり、重ねて考えたりした事もある」
「僕も、もう21になるけど、不思議な事に、年を経るごとに、炎熱羊の一人としての意識がどんどん発達してきた」
「・・・って言っても、僕の場合は『炎熱羊の現在抱える問題の解決の為に尽力したい』・・・なんて頭の良い事は到底思えないんだけど・・・」
「・・・ほら。ムスイさんやプラトさんがよくミズエちゃんに言う、『ミズエには俺達より偉い人になってほしい』ってやつ・・・」
「親のエゴっぽいアレ・・・」
「・・・ああいう事を言いたくなる気持ちが、分かってきちゃったかな・・・」
「・・・炎熱羊の子供達には・・・僕より幸せな人生を送ってほしい」
「そう思うようになったんだ」
ミズエはナナセの話に真剣に耳を傾けている。
「幸せって、人によって違うからさ」
「どうしても闇夜に向かってショットガン撃つような感じになっちゃうよね」
「皆に幸せになってもらいたいって思うとさ・・・」
「でも、僕は、けっこう誰にでも適用できる、幸せになれる条件を思いついたんだ」
「それは、『夢を見る事』」
「炎熱羊の子供達が自由に『夢』を見てられる世界。そんなモノを作る手助けをできたらなって、思うようになったんだ」
「ま、それが僕の最近の『夢』って所か・・・」
満面の笑みのナナセ。
ミズエは漠然とした意見に対して少々面食らっている。
「僕は実際、けっこう不幸では無い人生を送ってきたつもりだけど・・・」
「この辺で人生終えるにあたって、一つけっこう強い心残りがあるんだ」
「僕の大好きな現世の生物学者の千石正一先生みたいな・・・」
「生物学者になれなかった事だ」
「なる為の努力すらできなかったと思う・・・」
ナナセが生物学者になりたがっていたという話は、ミズエも何度か聞いた事があった。
「・・・何を悠長な事を言ってるんだ・・・って思うかもしれないけど・・・」
「僕にとってはけっこう深い悲しみなんだ」
「実際、色んな志向があって当たり前なのに・・・」
「僕らの選べる生き方は今、とても限られてる・・・」
「皆はそんな事実、いつもは忘れようと努めてるけどね」
「自分の未来をイメージして、ソレを目指して努力する事で、ココロはかなり救われるよ」
「夢をほとんど見られない、今の赤羊達は・・・」
「ハッキリ言って・・・ハッキリ言わなくちゃいけないからハッキリ言って・・・」
「『不幸』だよ」
意志の強さを滲ませて、ナナセが言い切る。
「そんな現実を変えられる可能性があるのが、僕の参加するテロ行為・・・だと思ってるよ」
「僕はね。僕だけは・・・そう思ってる」
「そんな事で現実を変えられるなんて思うのは、楽観的すぎるかもだけど・・・」
「でも、楽しみなんだ」
「次の世代の子供達は、どんな夢を描くんだろうって、イメージするのが!」
「イソロク君は戦う事が大好きだから・・・奴隷じゃなくなっても戦って小遣い稼ぎするばかりかも・・・」
「ピリカちゃんは炎熱羊の伝統工芸が好きだって言ってた。小物屋とかを開くかもなー・・・」
「カンジ君は自然環境保護に興味があるんだ。一回だけ会った時、まだ一歳だったけど、そう言ってた」
「僕も自然界の動植物が大好きだから、凄く共感できたなー・・・」
「僕はただ、『生き物が好きだ!好きだ!』って言って、色んな所に出向いて動物と触れ合うだけで、地球の役には立てないんだけど・・・」
「世界が変わればカンジ君なら・・・」
「現実に働きかけられるかもしれない」
「現実に働きかけるには・・・『学』が無いと駄目だな」
「まとまった時間をとって勉強しないといけないんだ。今は、そうする事は非常に厳しいと言わざるを得ない・・・」
「奴隷じゃなくなれば・・・」
「職業選択の幅が広がれば・・・」
「『自然が好きだ!好きだ!』って僕みたいに馬鹿みたいに喚くだけではなく・・・」
「ちゃんと計画を立てて、人とお金を集めて、現実に対して力を用いる事ができるかも・・・」
「間接的に、僕の欲望も成就するかもって感じだよな!」
「やっぱ『そう』でなきゃ。『そう』でなきゃ駄目だよ・・・」
ナナセは過剰に目をキラキラさせていたが、ミズエはなんとなく感情移入する事ができた。
「僕は本当は争いは好きじゃないけど・・・」
「こう考えると、命の一個や二個くらい、いくらでも賭けられる気がしてくるんだ!」
「話が長くなったけど・・・ミズエちゃん!君も『夢』を見なよ」
「人の脳が際立って大きくなったのは、単に『ただ捕食するだけ』の生物で在り続ける為・・・なんかじゃないぜ!」
「『イメージする為』さ!」
「世界の未来と、己の未来を・・・自由に思い描き・・・」
「そして、その理想に近づく為の階段を、一段一段積み重ねていく・・・」
「そうする事ができるのが・・・こんなに脳の大きな生物としての・・・一番の価値なんだ」
「僕はそう思うから・・・」
ナナセは柔和に笑ってそう言った。
ミズエは、いつもよりも情熱的なナナセを前にして面喰っていた。
ナナセは同じ男性でも、ムスイとは全然違う生き物であるかのようであった。
※
第十二話「或る炎熱羊の夢」(後編)
「・・・」
「『夢』ェー・・・」
「えぇぇー?」
「『夢』ェー・・・?」
「・・・」
「思いつかないかい?」
ミズエは「夢を持て」と言われたわけで、どんな夢を持とうかと探し始めたが、
数分間、パッとした答えは思いつかなかった。
「・・・」
「プラトさんみたいな強い女性・・・」
「アゲハさんみたいな女子力の高い女性・・・」
「ナナセさんみたいに優しくて・・・」
「ムスイさんみたいに抜け目が無い・・・そんな赤羊になる・・・なりたい・・・」
「・・・ってゆーか・・・」
「それだけで精一杯・・・ですよ・・・」
ナナセはミズエの言葉を聞いて、ニッと微笑む。
「ちぇー・・・。現実的で、既に抜け目ねーんだもんな。ミズエちゃんってば」
「やっぱねー。『男の子の夢』っていう単語が思い浮かんじゃうなー」
「・・・男の子は、いつまで経っても子供の部分を抱えていて・・・」
「・・・って言い訳がましいから、そんな事は言わないよ」
ナナセはまた少し笑う。
「『職業』だって立派な『人の居場所』・・・『人の役目』になるよね」
「『お前は何者だ?!』『警察官です』って答えれて・・・とっても頭がスッキリするね」
「自分に自信を持てるっていうか・・・人に簡単に伝えられる『自分の役目』を持ってるとさ・・・」
「・・・でもって、『社会に対してどう働きかけたいか』『自分の周りの環境をどう整えようか』ってのも立派な夢だ」
「君は、『自分がどんな赤羊で在りたいか』って事を重視するみたいだけどさ・・・」
ミズエはナナセの言葉を聞いて、また考え込む。
「『自分の周りの環境をどう整えようか』というのも立派な夢になる」・・・という言葉がどうも引っかかった。
「・・・」
「そういえばアタイ・・・」
「プラトさんみたいになりたいから・・・」
「プラトさんっていうのはつまり・・・」
「アタイに厳しく優しく接してくれて・・・大きな背中を見せてくれる・・・」
「そんな人・・・」
「だとしたら・・・」
「アタイの周りには、アタイを必要としてくれる人がいなくちゃならない」
「アタイは・・・『誰か』に・・・アタイのもらった『厳しさ』や『優しさ』を分けてあげたいな・・・」
「『強い背中』を見せてあげたいな・・・」
自分の気持ちに少しの歪みを感じつつ、でもミズエは、自分の出した答えに気持ちの良い手応えを感じていた。
「ソレがアタイの『夢』です・・・!」
「人の手本になれるくらい・・・強くなりたいな!」
拳をギュッと握り締めてミズエはそう言った。
ナナセはすぐに、かなり感心した顔を作る。
首を傾けて、少しの間吟味した後、言った。
「・・・うーん。そうかぁー」
「此処に来て、またミズエちゃんの人柄に対する理解が深くなった感じだよ」
「ミズエちゃんは・・・『そう』なんだね」
「良いと思うよ」
ミズエは本気で嬉しかったので「へへっ」とはにかんで笑ってみせた。
「・・・なんか僕、色々下手糞だから、押しつけちゃったかと思ったけどさー・・・」
「けっこう納得できる答えだったっぽいね」
「良い事言えてると良いんだけど・・・無理か?」
「たはは」と笑いながらナナセは頭をかく。
ミズエは今日一番の笑顔になり、
「ううん。アタイ、本当はもっとナナセさんの言葉を聞きたいの」
「おねだりするのが下手だから言えなくて・・・」
「ナナセさんが大好き!話ができるだけで嬉しい!」
とすぐに言ってのけた。
瞬間的に顔が真っ赤になったナナセは顔をそむける。
普通なら泣くような場面ではない筈だが、ミズエからは見えないが、どうも号泣しているらしい。
すぐに肩が小刻みに震えだした。
しばらくして、しゃくりあげる声も聞こえてきだし、
ミズエは本気でオロオロする。
さらに時が経ち、冷静さを取り戻したナナセは、そっぽを向いたまま話しだす。
「・・・自然の神様がさ・・・」
「ミズエちゃんと会わせてくれたんだと思ってるんだ・・・」
「素直で明るくて・・・」
「僕の事・・・慕ってくれて・・・」
「しかも・・・炎熱羊じゃなくて赤羊なんだ・・・!」
「僕は・・・嬉しくてさ・・・」
「君が居たから・・・僕は・・・」
「こんなに・・・強くなれた・・・」
「そんなに・・・寂しくなかった・・・」
「君はそんな事、感知してなくても・・・」
「僕は・・・『そう』思ってたんだ・・・!」
涙をグシャグシャぬぐって、ナナセは振り向く。
「・・・お兄ちゃんは、『自分の為に』死ぬから・・・」
「君が背負わなきゃならない責任なんて何も無い・・・」
「ただ・・・僕の勝手な願いは『こう』だ・・・」
「ミズエ・・・。お前は・・・夢を叶えようが叶えまいが・・・」
「幸せになってくれよ」
そう言ってナナセが涙目で、あんまりにも生命力に溢れた顔で笑うもんだから、
ミズエも感情の伝播を受けて、すぐボロボロ泣き出してしまった。
ついにはナナセに抱きついて、しゃくり上げ始めた。
ナナセはもう別に何も言わない。
今、この人に感情をぶつけておかないと、後できっと後悔する。
ミズエはその勘に自分の全てを委ね、
感情の発露をナナセにぶつけ続けていた。
(続く)