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第一話「思春期は何処に消えた」

この世界の名を魔界と言う。
この世界には約一億人の人が住んでいる。
その99パーセントがワーカホリックの人間達。
1パーセントが奴隷で力持ちの赤羊(レッドラム)。
赤羊には遺伝子レベルで「死亡プラグラム」というモノが
刻み込まれており、人間の持つ機械の電波にさらされると
即座に死んでしまうのである。








此処は、世界的にも赤羊の生活レベルが保障されている事で有名な
暁国(ぎょうこく)。
赤羊の3分の1は奴隷としてではなく
肉体労働者として働いていると言われている。


サエグサ・プラトもまた、
理解ある人間に親しまれ、
「奴隷扱い」と言うには緩すぎる
扱いを受けるようになった赤羊の一人だった。
年齢は16歳。
オレンジ髪を後ろでちょっとだけ縛っている。
目が大きくておでこが広い。
セーターを来ていて
右胸に「LONELY NUMBER」のロゴが、
左胸に大きく「7」のロゴが入っている。
(7が孤独な数字だ、と言いたいらしい)


プラトは他の好待遇を受けている赤羊と徒党を組んでいる。
その組織の名を「プリミティブ・ディザイア」と言う。
彼らは何代もかけて貯めたお金を持ち寄って
自分達だけのアジトを作った。
彼らの温和なオーナーの人間達はその存在をわざと無視してやっているようだ。
組織の存在目的は、最初は「自分達が安心できる場所が欲しい」という
他愛無いモノだった。
今は、少し違う。
いつか、自分達の武力を有効に使って、
赤羊という虐げられる「種」の未来をより良きモノに
できるように、と虎視眈々と、冷静に狙うようになっていっている。



プラトの他にアジトを利用して、休んだり勉強会に参加したりしている人は
14人居る。年齢はバラバラで、小学生くらいの年齢の者も居る。
プラトは真ん中辺りの年齢であり、元気一杯に皆の関係を円滑にしようと頑張っている。
プラトと同じ、高校生くらいの年齢の者は他に3人居る。
ビョウドウイン・ムスイとアシハラ・アゲハ。それにモリベ・ナナセである。

ムスイはニット帽を被っていて、茶髪が外にはねている。
学ランで、口が隠れるように緑のマフラーを巻いている。

アゲハはクリーム色の髪で化粧が濃い。
眉毛が太く、眼鏡をかけている。その点だけは、真面目そうな印象。
ブレスレットなどの装飾品を多数身につけ、
派手なアロハシャツを着ている。
下はスカートだ。

ナナセは頭に角が生えているのが特徴的。
不思議な文様の施された服を着ていて、
目と口が大きく、長い髪の色は漆黒だ。
4人の中で年齢が一番低いのはナナセである。

15人の中でも彼らは特に仲が良く、幼い時からの付き合いである。
全員、最初は貧民街のミナシゴだったが、
「強くなれば生活は楽になる」と信じて
ずっと地道に鍛練を重ね、赤羊への理解のある優良なオーナーに
恵まれるに至ったのだ。



その日は日曜日で4人とも自由時間を与えられており、
4人だけでアジトでトランプをしていた。
アジトは山の中に隠されていて、
辺りはもう真っ暗だ。

「毎日毎日あくせく働いて・・・何の理想も希望も生まれやしない感じが最近するんだ。
 せっかく頑張って修行したけど、こういう生活から先にはいけない気がするなぁ・・・。
 僕は何の為に生れてきたんだろうなァ・・・。最低だよ。赤羊人生。
 活路とか・・・生きてる意味とか・・・探したいよな。思春期だもの」
 暖炉の火を見つめながらナナセが言った。

「・・・甘ったれた事言うようになった感じね、ナナセたん」
アゲハが嫌らしく笑いながら言う。
どうもナナセは最近、自我が発達してきて色々考えるようになったらしい。

「思春期って何だっけ?」
プラトが惚けた顔で言う。
ムスイが一拍置いて、ゆっくりウインクする。

「自分が、自分の生きている社会の為に何ができるのか?自分はどういう特性を持った存在なのか?
 ・・・を、よくよく考えて、考えをまとめて、・・・『そうか。僕は社会の為にこういう事ができるんだ。こうなろう!』
 って覚悟を決めて、現実に向けて船を漕ぎ出すまでの期間・・・の事だゾ?」

ムスイは感情を込めてゆっくり言った。
プラトはしばらく眉間に皺を寄せて、考える仕草をした。
なんだか、だんだん、本当に苦しそうな表情に見えてくる。
「・・・難しいな・・・」
小さく、それだけ呟いた。

「そりゃそうだよ。ジュンちゃん(プラトの事)。私達は職業を選べない。人の下で肉体労働したり戦うしか無いんだ。
 って事は・・・そんな事で悩んでる暇も無いって感じ?単純な社会で生きてたら、その分、大人になるのも早いらしいよ。
 だからウチらは、もうとっくのとうに発達課題をクリアーして・・・大人になってる・・・って事なんじゃないかな・・・って感じ?」
そこで一旦、言葉を切って、アゲハはまた嫌らしく笑う。
「ナナセたんは、まだまだお子様だから、ウチらより成長が遅くて、子供っぽく甘えた事言ってるんでちゅよね・・・って感じ?」
そう続けた。
ナナセは青い顔で俯いた。
「返す言葉も無いよ。お前らと較べて俺って幼すぎる・・・。顔も・・・ココロも・・・カラダも・・・」
それを聞いてアゲハはキャラキャラ笑いだした。
ムスイはニコッと微笑む。
「成長が遅いのは、ナナセ君の所為じゃないだろ。最終的にちゃんと大人になれれば良いんだ。ソレが早いか遅いかなんて
 そんなに大きな問題じゃないゾ?人はいくつになっても、ちゃんと成長できるんだから」
ナナセがムスイに卑屈な視線を投げかける。
アゲハは「甘やかしすぎー、ムスイたん!」と声をあげ、腹を抱えてひぃひぃよがっている。

そんなやりとりを尻目に熟考中のプラト。

(自分がこの社会において、何ができるのか決めるまでの過程・・・それが思春期。
 皆、そうやって大人になる。らしい。
 アタイはそんな事考えただろうか・・・。
 今まで・・・16年生きた・・・。何の為に?
 優しいオーナーに奉仕する為に・・・。
 ・・・。
 ・・・いーや!絶対違う!絶対違う!
 アタイはもっと「でっかい」事がやりたいんだ!
 「この社会の為になるでっかい事」でも良いよ!
 ・・・そう考えられる程度には大人になった・・・。
 とにかく、でっかい事!でっかい事!
 もう、皆が、地球が、アタイに振り向いて賛辞を贈るような、「でっかい事」がやりたい!
 だから、アタイもナナセと同じ!
 自分の役割を見つけなきゃ・・・。
 ・・・アタイの役割って何だ?・・・この世界におけるアタイの役割・・・。
 何?何?教えてよ!ああ、もう神様!)

そういう事を考えていた時に、ふと前を見ると、
今度は3人ともがプラトを見て笑いをこらえている。
どうやら鬼気迫る形相で、真っ赤になっていたらしい。
それに気づいて、プラトの顔がさらに赤くなる。

「ふふ・・・何考えてたのかな?ジュンちゃん、ホントに可愛いなァ・・・って感じ?」
「ええなぁ、青春やなぁ・・・俺達。赤羊でも、青春できるって事だゾ?」
「やっぱプラトさんは僕の仲間だ!」

ハハハ!
今度は4人で笑う。
「よう!ナナセ君!今夜此処での一と殷盛り、があれば、人生オールOKだゾ?!」
「そうですね!そんな気がしてきました!僕!」
ナナセとムスイが肩を組んでいる。





積み上げられない者は、刹那に生きるしか無いのかな・・・。





ムスイは一人でそんな事を考えていたが、顔には決して出さない。

4人の笑い声が治まっていき、やがて静寂が訪れる。
プラトは、3人が居て良かった・・・とか穏やかな事を考えていたけれど、
その内、耳に聞きなれない音が届いている事に気づいた。
彼女は耳をそばだてる。
「どうした?」
ムスイが聞く。
「アジトの裏から変な声が聞こえる・・・」
3人は顔を見合わせて、行ってみる事にした。

外に出ると、赤ん坊の声が聞こえた。
どうも、焼却炉の中から聞こえるらしい。
「・・・開けてみるわ」
勇猛なプラトがすぐに言って
焼却炉の蓋を開けると、
ゴミの中で、紫髪の赤子が服を着た状態で
ワンワン泣いていた。
「普通の子だよ。捨て子だよ。きっと赤羊だね」
プラトが少し顔を綻ばせる。
「油断大敵。何かの罠かも」
アゲハが厳しい顔で釘を刺す。
「そーぅお?」
プラトはますます破顔している。
赤子の可愛らしさにココロ奪われているらしい。
「・・・焼かせるつもりだったわけじゃないだろ。
 その子に対する感情を表現したんだろうな。捨てた奴は」
ムスイが言う。
「そりゃひっでえっスよ!」
そう言うナナセも、目が赤子にメロメロである。

「決ーめた!アタイ!この子の親になる!」
プラトは赤子を天にかざして、元気良く言いきった。

3人は目を背けた。
「人生に余裕をお持ちのようね・・・ジュンちゃん・・・って感じ?」
気遣わしげにアゲハが言う。
「だーってさ!言ってたじゃない!アタイ達、全精力をもって、この社会の為に自分ができる役割を探さなきゃならないって!
 この娘を育てるのだって、アタイが社会の中でできる役割だ!ナナセ!生きる目的や希望ってのは、
 こうやって積極的・能動的・主体的に生きてれば、後からついてくるモノなんだよーゥ!分かった?!」
プラトがもの凄い笑顔で言う。
「あい」
答えたナナセの顔がひきつっている。
「こりゃもう駄目だ・・・。走り出したお姫様を誰も止められないゾ・・・?」
ムスイはそう言いつつ、笑顔だ。




こうして、アジトの裏の焼却炉に捨てられていた赤羊の赤子は、プラトが主導権を握って、
15人で協力して育てていく事になった。

赤子の性別は女の子。
名はプラトがつけた。

プラトが好きな現世のヴァイオリニストの名字を拝借し、
「瑞々しい恵みのある人生を歩んでほしい」という思いを込め、
彼女は


諏訪内瑞恵(スワナイ・ミズエ)、と名付けられたのだ。

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